母はしばしば、自身の夢やコンプレックスを娘に投影するものである。一方、母から与えられた規範の存在に気付かないまま⼤⼈になっている娘は多い。2000年代に女性誌『VERY』で連載された角田光代の⼩説『銀の夜』の作品読解を通じて、母の規範の再生産に巻き込まれる娘たちの課題に迫る。※本稿は、『娘が母を殺すには?』(三宅香帆、PLANETS/第二次惑星開発委員会)の一部を抜粋・編集したものです。
仕事で成功した母へのコンプレックスを
30歳を過ぎても捨てられない娘
「母の規範の再生産」という問題について考えるにあたり、「母の抑圧の再生産」という主題について描いた角田光代の『銀の夜』(光文社、2020年)を読んでみよう。
自分も母の規範に苦しんだはずなのに、自分が「母」になったとき、娘へ規範を再生産してしまう。角田光代の小説『銀の夜』には、まさにそんな「母の規範の再生産」が描き出されている。
主人公は、女子高生の頃にガールズバンドを組んでいた3人の女性たち。結婚したが、夫に浮気されているちづる、ライターや写真家として活動しているが、いまだ身分が安定しない伊都子、幼い娘を芸能界に入れようとしている麻友美だ。
女子高生のときに結成したガールズバンドはすぐに解散したが、3人は35歳になっても交流を続けていた。
伊都子の母は有名な翻訳家なのだが、いつも娘の不安定な仕事ぶりを嘲笑する。そのことを伊都子は長年コンプレックスに感じている。30歳を過ぎてもなお彼女は、才能ある母に対して、コンプレックスを持つことをやめられない。
母から娘へ
一方的に託される夢
一方、高校時代のガールズバンドにもっとも熱心だった麻友美は、自分が芸能界デビューできなかったことを悔いており、その夢を娘・ルナに託す。しかし、読者モデルをしていた麻友美に娘は似ておらず、「どうしてルナは私に似なかったんだろう」と苛立っている。自己主張のない娘の性格にも、麻友美はどんどん苛立つようになる。
麻友美の振る舞いは、友人の伊都子から「生きなおし」であると批判される。
角田光代『銀の夜』