遺伝子工学イメージ写真はイメージです Photo:PIXTA

集団に存在する遺伝的多様性が大きければ、環境が変化した際に個体の適応度を上昇させる有利なアレル(対立遺伝子)が含まれる可能性が高まるという。進化学の第一人者の著者が、遺伝的多様性のメカニズムを徹底考察する。※本稿は、河田雅圭『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 進化の仕組みを基礎から学ぶ』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

遺伝的多様性が維持される3つの仕組み
「進化に必要だから」はあり得ない

 集団中に存在している遺伝的多様性が大きいと、環境が変化したり、新しい環境に遭遇したときに、集団中に個体の適応度を上昇させる有利なアレルが含まれる可能性が高まる。※編集部注:遺伝的浮動=生物の個体群において、偶然の作用によって遺伝子が集団に広がったり、消失したりする現象

 集団中に遺伝的多様性が維持されるのは、突然変異、遺伝的浮動、自然選択という3つの要因が働いているからであり、「生物の進化に必要だから遺伝的多様性が維持されている」わけではない。

 そして、集団中に遺伝的変異あるいは多様性が維持される機構は主に以下の3つである。

(1)突然変異と遺伝的浮動のバランス

 集団のなかに突然変異によって新しいアレルが出現する。そのアレルは、それまでのものと比べて生存や繁殖に及ぼす影響は変わらない(適応度が同じ)中立なものである。

 そのようなアレルは遺伝的浮動によって、頻度を低下させて集団中から消失するか、あるいは頻度を増大させて集団中に固定される。つまり集団中の変異自体は結局減少して消失する。※編集部注:遺伝的浮動=生物の個体群において、偶然の作用によって集団が小さくなった時にある遺伝子が集団に広まる現象

 遺伝的浮動によって消失する変異の量と突然変異によって新たに生じる変異の量がつり合ったところで、集団中に存在する変異が維持される。

(2)突然変異と負の自然選択のバランス

 集団のなかに突然変異によって新しく出現したアレルがそれまで存在していたアレルよりも有害な(適応度が低い)場合、新しいアレルは自然選択によって頻度を低下させるが、出現した当初は致死的な効果がない限りすぐには消失しない。

 このような場合、負の自然選択によって消失する遺伝的変異の量と、突然変異によって新たに生じる変異の量がつり合ったところで、集団中に存在する変異が維持される。※編集部注:自然選択=生物個体の生存や繁殖に有利な性質と関係する遺伝子が、頻度を変化させること。負の自然選択=生物個体の生存や繁殖に不利な性質と関係する遺伝子が頻度を減少させること

(3)平衡選択

 自然選択が積極的に変異を維持する例である。これは、変異が消失しないように自然選択が働いている場合である。この仕組みと例は次項で説明しよう。