現在は首長竜研究の大家として知られる佐藤たまき(神奈川大学理学部理学科教授)が、カナダのカルガリー大学大学院の博士課程に在学中だった2003年、中国人研究者の李淳と呉肖春とともに、ビシャノプリオサウルス・ヨウンギの再研究をテーマとする論文を発表したのだ。

 この論文では、ビシャノプリオサウルスの骨格について再検討がなされ、特に腰周辺の部分について復元の見直しがおこなわれた。また、ビシャノプリオサウルスと他の首長竜との系統関係に不明点が多く、必ずしもロマレオサウルスに近いとは限らないことを確認しつつ、おそらくプリオサウルス類には含まれるとする指摘がなされた。

 最も興味深いのは、化石が見つかった地層に熱帯淡水域の動植物の化石の堆積が見られることを根拠として、ビシャノプリオサウルスが淡水域に生息していた首長竜であることをより詳しく論じた点だ。現在では、首長竜類は海だけではなく、大きな河や湖などの淡水域にも生息していたことが判明している。

ビシャノプリオサウルスは
淡水で暮らす種だった可能性も

 現代の自然環境においても、バイカルアザラシやアマゾンカワイルカのように、一生を淡水域で暮らす水棲哺乳類が存在する。また、間違えて遡上する例まで挙げれば、イルカやアザラシが川に入ってくることはそれほど珍しくない。最近でも、2023年1月に大阪市の淀川河口に体長16メートルのマッコウクジラが迷い込んだこと(のち死亡)がある。

書影『恐竜大陸中国』(角川新書)『恐竜大陸 中国』(角川新書)
安田峰俊 著、田中康平 監修

 かつてのビシャノプリオサウルスが、たまたま河川に迷い込んだ個体にすぎなかったのか、誕生から死ぬまで淡水域で暮らす種だったのかはまだはっきりしない。だが、後者である可能性は充分にある。

 その後の研究で、淡水域で生きていた可能性がある首長竜は、イギリスやカナダ、オーストラリアなどでも見つかっているようだ。中国においても、1985年に報告されたユジョウプリオサウルス・チェンジャンゲンシス(Yuzhoupliosaurus chengjiangensis:澄江渝州上龍)というプリオサウルス類の首長竜が、淡水で暮らしていたのではないかとみられている。

 恐竜時代の生き物のなかでも、首長竜はその特異な体型もあって私たち現代人のロマンをかきたてやすい生き物だ(プリオサウルス類は首が短いことが多いのだが)。そんな彼らが海から遠く離れた湖や川の中上流域にもいたかもしれないと想像すると、やはりワクワクしてしまう。