「それをケチってはダメだ!」喫茶店の前マスターがたった1度だけ怒ったことキティ珈琲店オーナーの森田祐介さん(右)と、店長の岩﨑方哉さん(左) Photo by Atsuko Chiba

休日には家族でモーニングを食べに喫茶店へ行ったり、商談や友人との待ち合わせで喫茶店を利用したりと、長年にわたり「喫茶店文化」を育んできた名古屋。最近では、そんな独自の文化やレトロな空間に魅力を感じる若い世代が増えている。20代後半で名古屋の歴史ある喫茶店を受け継いだ、ある兄弟の物語をお届けする。(取材・文/フリーライター 杉山正博)

コロナ禍で資金繰りに困難
前マスターが助け舟

 名古屋市中心部のオフィス街で37年間続いた「キティ珈琲店」を、20代後半で受け継いだ兄弟がいる。兄の森田祐介さんと弟の淳也さんは、2021年に「生まれ育った東海地方で活動する若いアーティストや生産者などを応援したい」と、会社を設立。地域の魅力を外へと発信するための場所となる物件を探していたとき、たまたま不動産屋の紹介で前マスターと巡り合った。

 前マスターは、体調を崩して店を続けられなくなってからも1年半にわたり家賃を払い続け、「キティ珈琲店」を受け継いでくれる人を探していた。しかし、なかなかいい人に出会えず申し出を断り続けていた。

「そんな前マスターから、20代のころに独立してこの喫茶店を開き、苦労しながらも守り続けてきた話を聞いたとき、これから夢へ向かって一歩を踏み出そうとする自分たちの姿と重なりました。マスターの思いを受け継ぎながら、東海地方の魅力を発信するという自分たちの夢を実現していきたい!と、直感的に思ったんです」(祐介さん)

 当時、祐介さんは名古屋のとある老舗企業で働いていて、淳也さんは三重県桑名市の郵便局に勤めていた。前マスターと初めて会うときには2人ともスーツを着て行ったが、「前マスターからは、これまでに、そんな正装で会いに来た人はいなかったと言われました(笑)」と祐介さんは当時を振り返る。

 1年以上も物件を探し続けていた森田さん兄弟。やっと見つけた“夢を叶える場所”をなんとか手に入れたいと、自分たちがやりたいことを熱く語った。前マスターは2人の熱意を買って、「キティ珈琲店」を事業承継することを快諾する。

 しかしその頃、コロナ禍で飲食業界を取り巻く状況は厳しかった。開業資金の融資がなかなか受けられずに途方に暮れている2人の様子を見て、前マスターは内装や什器の費用を分割払いに変更してくれた。こうして21年12月、「キティ珈琲店」は38年目の新たな一歩を踏み出した。

「それをケチってはダメだ!」喫茶店の前マスターがたった1度だけ怒ったこと豆の配合から淹れ方まで受け継いだ「ブレンドコーヒー」 Photo by A.C.
「それをケチってはダメだ!」喫茶店の前マスターがたった1度だけ怒ったこと極力受け継ぐ前の面影を残した店内 Photo by A.C.