ヘッドホンの音漏れで「ついに傷害事件が起きた」1980年代の新聞が痛烈に批判した相手とは?写真はイメージです Photo:PIXTA

不特定多数がいる電車内では、なにかと他人の言動が気になってしまう。イヤホンの音漏れ、足を開くなど例をあげればきりがないが、そのようなマナーは現在までどのような変遷を辿ってきたのだろうか。本稿は、田中大介著『電車で怒られた! 「社会の縮図」としての鉄道マナー史』(光文社新書)を一部抜粋・編集したものです。

1980年代からあった音漏れ問題
トラブルで傷害事件も発生

 1980年代以降、車内のふるまいに対するまなざしがより微細になっているという点において興味深いのは、脚組みとイヤホンの扱いだろう。

 たとえば、1950年代のエチケット本には「車内のポータブルラジオはイヤホンで聞きましょう」(原奎一郎『私とあなたのエチケット』文陽社、1957年)という項目がある。

 こうしたエチケットがわざわざ立項される背景には、主に長距離列車を中心にラジオをスピーカーで聞くひとが一定数いたということを表している。実際、1959年の日本修学旅行協会編『修学旅行』(37)に掲載された国鉄営業局旅客課へのインタビュー記事(「守ってほしい車内道徳」)では、ポータブルラジオをスピーカーで聞く人が増えているので、イヤホンで聞くようにしてほしいと要請している。イヤホンの音漏れでさえ不快に感じる現在からすると、スピーカーで聞く人がいる車内というのはなんとも大らかではある。

 1980年代後半のマナーポスターではうるさいおしゃべりもテーマになっているが、とくに問題になったのは、ヘッドホン・イヤホンからの音漏れであった。

 たとえば1983年10月と1988年8月にボリュームの大きさを注意するポスターが作られている。そうしたなか、1989年東急大井町線で、音量を下げてほしいと注意した地下鉄運転士が大学生に殴られるという事件が発生する。音漏れトラブルを原因とするこの傷害事件は、当時、大きな話題となった。読売新聞の社説「若者の自分本位な音の暴力」(1989年10月6日)では、「電車内の騒音として、苦情の多かったヘッドホン・ステレオをめぐり、ついに東京で傷害事件が起きた」とされる。

 1979年に「ウォークマン」というポータブル音楽プレイヤーが発売され、大ブームとなっており、音漏れ問題は1980年代を通して水面下でくすぶっていたのである。1988年のマナーポスターには乾電池ゴミへの言及があるが、携帯ラジオやポータブルプレイヤーの電池が増加し、ヘッドホン・イヤホンの音漏れが社会問題化したこととも関連していると考えられる。