店が値段を決める権利
客が買わない権利

 向こうに本の値打ちを決める権利があれば、われわれにも、値段が高ければ買わない権利もある。その五分と五分で渡り合っていくのが、古本屋と客の関係である。ところが、ときどきだが、本の値段をまけろと、交渉している客と出くわすことがある。そんなときは「いやな場面になったなぁ」と、少し困惑する。

 某月某日、某古本屋でのこと。やっぱり、そういう場面に遭遇してしまった。

 客は70歳ぐらい。会社を定年退職して、好きな歴史の本を集めている、といった感じの痩せた老人である。店は、町の古本屋ながら、マンガやエロ雑誌を置かずに、法律、経済、国文学、歴史など堅い品揃えを主体とした、かなり歴史のある古本屋である。

 さっきから店内をあちこち本を引っ張り出しながら、その老人は店主にさかんに話しかける。この本はもともとどういう由来でできた本だ、とか、これは以前どこそこで買ったが値段はこの半額くらいだった、とか、この著者はどの本まではよかったが以後はだめになった、とか物知りなのは事実である。しかし、古本屋の主人とすれば、先刻ご承知の知識ばかりであるのも事実。

 横目でチラと見ると、店主はあきらかにイライラし始めている。本を買いもせず、やたら棚から引っ張り出しては講釈を並べる。たしかに、店主に成り代わって考えれば、こういう客は困る。あげくに、1冊の雑誌のバックナンバーを取り出し、やっと買うかと思ったら、「これ、なんとかならんかね」と言うのだ。そう言えば、値引きしろという意味だとわからないはずはないが、店主はさっきからのいきさつもあって、ちょっととぼけてみせた。

「なんとかならないか……とはどういうことですか?」

「いや、値段が高いので、少し下がらんかということだ」

 そこで初めて店主は、客が差し出した雑誌を点検しながらこう言った。

「これ、1000円の本ですよ?」

 つまり、ここには(数万円もする本なら利益率も高いから、多少の値引きをしないでもないが、古本屋で1000円しかつけられなかった値を、それ以下にはならない)という言外のニュアンスが込められている。ところが、客はそのニュアンスに気づかぬか、気づかぬふりをしているのか、なおも「もう少し安ければ買えるのだが……」とダメを押す。