各々の古本屋の個性を知り
うまく付き合っていくべし

 この瞬間、店内にピンと緊張の糸が張った。(こりゃあ、店のおやじ、おこるな)

 そう思った直後、「まあ、それじゃあ、気持ちだけ100円、引かせてもらいましょうか」の声。

 よく言ったぞ、おやじ。思わず膝を叩きそうになりましたが、こんなところでいきなり膝を叩けば変人だ。我慢をした。

「それじゃ……」と客が言い、交渉成立かと思いきや、客はその雑誌を引き取って、もとの棚に返して、また別の本を見始めた。

 そのときの店主の顔といったらなかった。

「1000円の本をいったいいくらにすれば買うというんだ!」

 そういう、怒りと恥辱と困惑が混在した、複雑な表情をした。いまは亡き、西村晃が演じれば、さぞうまくやったろうと思える場面だ。客は三木のり平か……。

 いいなあ、役者だなぁ。こういうドラマが拝めるのだから、古本屋めぐりはやめられません。

 ただ、何度も言うが、けっして値切っちゃいけませんよ。植草甚一が、よく古本の値を自分で書き換えたというエピソードは有名だが、あれは植草とその店の信頼関係があって成り立ったことで、普通は違反である。

 よくしたもので、店によっては、こちらから申し出なくても、「少しですがお引きしておきましょう」と、向こうから値を下げてくれることだってある。それがたった1割とか2割であっても、それはそれで妙にうれしいものである。

 東京・武蔵野市吉祥寺の「藤井書店」の2階、こけしに囲まれた藤井正さんは、よく値段を引いてくれたものだった。もともと値付けは安い店だったのだが、それでももっと安くしてくれた。これまで述べてきたことと矛盾するようだが、それだけで「藤井書店」はいい店だと思ってきた。

古本屋の店主を全否定する「絶対に口にしてはいけない言葉」とは?『古本大全』(筑摩書房、ちくま文庫)岡崎武志(著)

 どことは言わないが、長らく棚にあって売れない本は、機を見て値段を下げる店もある。

 要するに、古本屋と一口に言っても、やりかたはいろいろなのだ。そのどれが正しい、間違っているということではない。古本の値付けと同じく、各店主がそれを信念として経営しているからだ。何度か通ううち、その店の方針や、店主の人柄が次第に見えてくる。その店の個性を知ったのちに、それぞれに合わせた付き合い方をすればいい。

 友人を作るときとアプローチの方法は同じだ。