前半は李家正文(りのいえまさふみ)『厠(かわや 加波夜)考』(1932)で紹介された世田谷区瀬田の小学校の怪談だ。「手」「扉」「問答」という便所怪談の要素が詰まった学校の怪談で、もしかしたら現代の定番トイレの花子へと繋がる話かもしれない。後半は私が子どもの頃に聞いた都市伝説をリライトしたもの。
昔の便所怪談の定番は、便槽の底から伸びてくる「手」だった。京都では節分の夜に便所に入るとカイナデに尻を撫でられるとの言い伝えがあった。どうしても用を足したければ「赤い紙やろか白い紙やろか」と唱えればカイナデが出ないとされる。後の時代には逆に、こう問われて答えなければいけない怪談が一般的になるわけだ。
日本の便所怪談については、中国で5世紀から続く紫姑神(しこしん)信仰の影響も考えたい。便所内にて本妻に殺された(または虐げられ自殺した)妾である紫姑を厠神として祀り、正月15日に紫姑卜なる吉兆占いをする信仰だ。女性を模した人形を用意し、「小姑可出戯(お妾さん出てきて遊びましょ)」と唱えて紫姑と交信する。これがコックリさんや花子さんの遠いルーツなのではないかという意見もある。
昔の日本では便所怪談といえば学校よりも旅館や遊郭のほうが多かった。その内容は定型化していて、(1)本妻と妾の確執により、虐げられた本妻か妾が憤死か自殺か相手に殺される、(2)その怨霊によって個室が開かずの間となる、というパターンだ。また遊郭では、便所にて未来の恋人を予見する占いも流行していた。これらは紫姑神信仰に通じると同時に、便所怪談における「扉」「問答」要素にも繋がっている。
そして学校、特に小学校の共同便所が整備されるにつれ、多くの怪談が生まれるようになる。資料を通覧する限り、昭和初期から1970年代までは開かずの便所という「扉」要素、赤い紙青い紙の「問答」要素とともに、便槽から伸びて尻を撫でる「手」についてもよく語られていた。またこれらは単体ではなく、赤い紙うんぬんの声が聞こえると同時に下から手が出てくる、といったようなセットでの出現が多い。