過去の役割や関係性から自由になれるか

 老年的超越における、対人関係の変化について見ていきましょう。

「社会との関係」では、過去の社会的な地位や役割にこだわらなくなり、対人関係でも限られた人との深いつながりを重視するようになります。トルンスタムは、これを「社会規範に基づく価値観からの脱却」と説明しています。

 管理職経験のある男性が定年退職して社会活動を始める時、これまでの仕事の習慣で、強引にリーダーシップを取ったり同じ立場の仲間に対して命令口調で話してしまったりしてうまくいかないという話を聞くことがあります。この例のように、慣れ親しんだ行動を変えるのは難しいものです。

 若いうちは新しい人間関係が増えます。これは、長い人生を考えれば合理的な行動ともいえます。知り合いが多いほどピンチを救ってもらえる可能性が増えるからです。

 加齢に伴い、人間関係の幅は小さくなります。定年退職や引退も大きな契機になり、それまでの社会的役割も変わります。仕事だけでなく、家族の中でも中心的な役割を若い人に譲るということが生じます。

 そういった状態をうまく受け入れていくことが、社会的な側面による変化への対応になります。前項で定年退職した男性の話をしましたが、私が高齢者を対象に老年的超越の話をすると、男性の高齢者には受けが悪いという印象です。現代の高齢男性たちは、社会においても家族においても古典的な役割意識を持ってきた人が多いのでしょう。

 さまざまな人間関係のトラブルがあって、そのことを生涯引きずる人もいます。一方で、「過去に嫌なことはあったけれど、なんとなくもうどうでもよくなった」と語る85歳の女性もいました。100歳になると社会的な役割や関係性は大きく変わります。そのようなこだわりから自由になるところに超越が存在するのでしょう。

 人間はポジティブな感情とネガティブな感情、過去と未来の間を揺れ動きながら生きています。若い人も高齢者も百寿者も同じです。揺れ動きつつも、自分でできることを探し、他者に頼ることを受け入れ、いろいろな工夫をしながら幸せに向かうことが大切です。そして、まわりの人がそうなるようにサポートし、その経験を自分の幸せにつなげていく、これが一番の鍵だと思うのです。百寿者はお元気な人からそうでない人まで、そのことを感じさせてくれる存在です。