ノンフィクションライター・甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』が発売直後から注目を集めている。入居金が数億を超える「終の棲家」を取材し、富裕層の聖域に踏み込んだ渾身の一冊だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。

介護職員は「お手伝いさん」扱い、女性スタッフへの「ストーカー行為」も……。超高級老人ホーム職員が本音を暴露超高級老人ホームならではの苦労があるようだ(Photo: Adobe Stock)

若い女性スタッフにハグ

 高級といわれる老人ホームでは、その裏側で数々の事件が起きている。そこで、ある施設の職員数名に集まってもらい、匿名を条件に話を聞いた。

 まずは管理職の女性スタッフがこんなエピソードを明かす。

「事業で成功してきた方や社会的地位の高い方、あるいはその配偶者が入居者の大半を占め、皆さんいろんな価値観を持っています。中には自分の考えが絶対正しいと信じて疑わない方も。例えば、若い女性スタッフを見かけると挨拶がわりに必ずハグを要求してくる方がいました

 今時の社会では「セクハラ」ととられかねない行為だが、シニア世代では普通なのだろうか。女性スタッフは続ける。

「また別の大企業の元役員は、親しい知人を作ろうと隣人の元大学教授に話しかけた際、『私に関わらないでください』とあしらわれて憤慨していたこともありました」

 一般的に住居型の介護施設では、最上階の部屋が最も高額に設定されているケースが多い。「最上階の〇〇さんは別格だから」と、他の入居者を序列化したがる人もいるという。

 競争社会で生き抜いてきた経験が染みついているのかも知れないが、マウントを取ったり取られたりの日常があるようだ。

 中には、億を超える入居一時金を払ったことで、「我々は株主だ」と勘違いを始め、この調度品はどこで買ったのかなど、スタッフに口うるさく詰問する入居者もいるという。

職業に貴賎ありの実態

 さらに職員たちはこんな話を打ち明けた。

「皆さん舌が肥えてるとか言いつつ、食堂の人気メニューを決めるアンケートを取ったら、ナンバーワンがうなぎだったんです。でも実は中国産なんです。意外に味音痴が多いんじゃないかなと思ったこともあります」

超有名クラブのママが入居したいとおっしゃってくれたのですが、体よくお断りしたことがあるんです。水商売というサービス業のプロが入ったら、求められる要求が高そうで。私たちではとても対応できないだろうというのが本当の理由です」

 あからさまな職業差別ではあるが、自分たちのキャパシティを超えた要求をするような者の入居を上手く断わることも必要だろう。

 近年は入居者の質も変わったと話すのは、ある施設の施設長だ。

「昔は何でもいいよいいよって、大らかな人が多かった。今は細かくなったね。職員のことをお手伝いさんだと思っている人もいます。それは違いますよ、と言ってるんですけどね」

 この施設長は一時期、施設の中に居住していた。しかし、休日や夜中に入居者が自室を訪ねて来ることに我慢ができず、近隣に引っ越し、今ではそこから通勤をしていると話した。

ストーカーまがいの行為も

 さらに別の介護施設の職員は、こんなお騒がせ入居者に頭を悩ませたことがあると明かす。

「コンシェルジュの女性スタッフが男性の入居者さんに『家はどのあたり?』と聞かれたことがありました。後日、その入居者から『昨日は電気ついてなかったね』と言われ、次第にエスカレートしていったことがあります。

 それだけでは終わらず、その入居者はある時期から会社に言いがかりをつけてクレームを繰り返すようになりました。電話で『社長を刺すぞ』とまで言い放ち、大問題になったことがあります

 日々起こる事件やトラブルをいかに穏便に処理していくかは、介護施設にとって重要な課題だ。一つでも対処を誤れば大きな事件に発展し、さらには悪い噂となって、地域や同業者に広がっていく。

 超高級と呼ばれる老人ホームで働くスタッフたちの気苦労は絶えないのであった。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。