一握りの超富裕層だけが入居する、閉ざされた「終の棲家」……。元首相も入居していると言われる“超高級老人ホーム”が、近年注目を集めている。これらを徹底取材したのが、ノンフィクションライター甚野博則氏による『ルポ 超高級老人ホーム』だ。本記事では、発売前から話題となっている本書の出版を記念して、内容の一部を抜粋し再編集してお届けする。なお、本書では施設名を実名で掲載している。

【入居金1億超え】超高級老人ホームで暮らす「お一人女性」が教える、終の棲家で気楽に過ごすコツ夫婦で老人ホームへ入居しても男性側が先立つケースが多い(Photo: Adobe Stock)

お互いに深入りしないのが鉄則

 阪神電鉄の西宮駅からそう遠くない小さな駅に降りると、大きな建築現場が視界を遮った。兵庫県と西宮市が新病院を建設している最中で、高い壁に囲われた工事現場のせいもあって殺風景な駅前である。

 この駅から徒歩5分にあるのが今回の目的地である、関西の超高級老人ホーム「プレミアムレジデンス西宮」(仮名)だ。

 この施設に一人で暮らす70代の後藤直子さん(仮名)はスタッフや他の入居者は親切な人ばかりだと話す。

「入居したとき、最初はとても不安ですよね。わからないことが多いですから。でも、スタッフの方がいろいろ声をかけてくれましてね。それから先に入居していた方たちからも、本当に親切にいろんなことを教えてもらいました」

 同施設の面談室で会った後藤さんは、ほがらかな雰囲気の小柄な女性だ。そんな後藤さんの普段の生活ぶりはこうだ。

「とにかくここは交通の便がよいので、いろんな所に出かけています。私、時刻表を見るのが好きでね。前日から計画を立てて、電車やバスに乗って出かけるのが楽しみです。バスで温泉へも行けますし、もっと先まで紅葉を見にも行けるんです

 ゆったりとした口調で話す後藤さんは、施設で開催されるプログラムにも時々参加しているという。

「最初は皆さん、いろんなところから集まっているから、なかなかお知り合いにはなれませんよね。でも、大浴場で顔見知りになったり、プログラムに参加することで、知り合いが増えていきます。そういう方と廊下で会ったときに、『どこ行くの?』みたいな会話をするようになります」

 この施設に限らず、高級老人ホームでは大浴場で入居者同士の仲が深まることが多い。後藤さんは続ける。

ただ、皆さん距離感がわかっていらっしゃるので、お互いに深入りするようなことはしません。私も入り込まれると嫌やから。その辺は皆さんと、いい距離感でお付き合いしています。大浴場でお知り合いになった方と、西宮で菊のイベントがあるらしいよとか、市役所でこんな情報があったよといった情報交換はしますよね」

 後藤さんは小旅行にも入居者の知人と出かけることは、ほとんどない。入居者の知人は多いことに越したことはないが、プライベートでは適度な付き合い方が心地いいのだろう。

「一人だったら自由でしょ。歳をとると体力もみんな違うから、途中で帰ってくることもできますからね」

「そのときは仕方ない」

 後藤さんと話していて、自分のペースで生活できる今の環境に満足していることが伝わってきた。元気なうちは、このまま充実した生活が続くだろう。

 だが、いざ介護が必要になったときのことを、どう考えているのだろうか。そしてその際、施設内に併設された介護棟に住み替えをすることについて、どう思っているのか。

「介護棟にはできるだけお世話にならないようにと思ってはいますが、いずれはお世話になれるという安心感もあります。このまま歳をとれば、身体が動かなくなったり記憶力が落ちたりすると思うんです。そうなると、スタッフの方や先生などが判断してから、介護棟に行くわけですよね。そのときは仕方ない。仕方ないけど、ありがたいとも思っています

 さらに後藤さんは続ける。

「もし身体が動かなくなって、『もう出ていきなさい』『どっかの施設を探しなさい』と言われても、受け入れてくれる場所がなかったら困るでしょ。そういう意味で、ありがたいんです。そうした“安心”がここを選んだ理由の一つです。でも、本当は最期まで一般居室で過ごしたいですけどね

 一般居室での生活を少しでも長く続けるため、彼女は今、いろいろな場所に出かけて、足腰を鍛えることを心掛けていると話した。終始笑顔だった後藤さんからは、自由気ままな日常を楽しんでいる様子が滲み出ていた。

 だが一方で、彼女が最後に発した「仕方ない」という言葉が、将来の介護や生活の変化に対する不安を内包しているかのようにも聞こえた。

 介護棟への移動は、彼女にとって新たな生活の始まりであり、同時に人生の終幕への一歩を意味している。

 これからの人生をどのように受け入れるべきか、その答えを高級老人ホームの中で静かに考えているのかもしれない。

(本記事は、『ルポ 超高級老人ホーム』の内容を抜粋・再編集したものです)

甚野博則(じんの・ひろのり)
1973年生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーや出版社などを経て2006年から『週刊文春』記者に。2017年の「『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』実名告発」などの記事で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」のスクープ賞を2度受賞。現在はフリーランスのノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌などで社会ニュースやルポルタージュなどの記事を執筆。近著に『実録ルポ 介護の裏』(文藝春秋)がある。