「正解」がわからない選抜試験
どのように乗り越えたのか

山崎 まずは、どんな人材を求めているのか、募集要項をひたすら読み解きました。筆記試験は、公務員試験と同等の内容が出るということは記載されていたので、問題集を解くなどして、基礎学力を復習しました。英語もだいぶ勉強しましたね。また、腕立て伏せなどをして体力づくりもやりました。

神武 体力づくりも。

山崎 宇宙飛行士はアスリートではないので、運動神経の有無より、基礎体力や、一定の持久力が大事だと思います。

 そして、なぜ希望したのか、宇宙で何をしたいかなどを記し、自分とそれまでの人生に向き合うということをしました。毎晩寝る前に「今日はこんなところへ行き、こういう人と出会った」と振り返ることが日課なのですが、「宇宙開発ではいま、こうしたことが問題になっている」と情報をアップデートしたりしながら、自分の中で反芻(はんすう)する、それを繰り返していました。

神武 想定していない試験内容もあったのですか。

山崎 国際宇宙ステーションでの長期滞在を見越して、閉鎖環境適応設備に最終候補の8人が入り、1週間、監視カメラの中で過ごすという、心理ゲームとチームビルディングのような試験もありました。

神武 その場を楽しむようにする、相手に対してもよい影響が及ぶようにする、自分にとってよい状況に持っていくにはどうすべきかを考える――。正解がわからないそうした環境では、何を心がけて挑むものなのですか。

山崎 どこをどう評価されているのかはわからないので、「取り繕うことはできない、自然体でいくしかない」と思っていました。

 そのほかの試験も、一瞬一瞬が新鮮でしたし、集中しつつ、「こんな試験をやるんだ」「こんな経験ができるなんて面白い」と、できるだけ楽しむようにしました。

壁にぶち当たったら、
自分が好きだったことに立ち返る

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神武 試験の翌年、1999年の2月に候補者に選ばれました。宇宙飛行士は、高い能力を身につける訓練があると思いますが、どのような成長のステップを踏まれたのでしょう。

山崎 選抜直後のルーキーと、すでに活躍している宇宙飛行士では、訓練のレベルが格段に違います。あまりの彼我(ひが)の差に、当初はプレッシャーも感じました。

 でも、宇宙飛行士の訓練は非常によくできたシステムで、一つひとつスモールステップが組まれ、段階的にうまく能力を押し上げていく。学校のカリキュラムと同じですね。

神武 私も大学教員と小学校の校長の経験があるのでわかる気がします。適切なタイミングで適切なことを学ぶことは、非常に重要ですよね。訓練によってご自分が成長しているという実感は、どのようにして得られるのですか。

山崎 操作のためのスイッチなど、実物とほぼ同じインターフェイスやモックアップを見せられると、あまりの量と複雑さに、最初は圧倒されます。

 けれども、一つひとつの小さなサブシステムを学び、試験がある。それを繰り返しているうちに、最初に見た景色と明らかに違って見える瞬間があるんです。「ここまでわかる、でもここはまだわからない」というふうに、山のどこを登っているかが、何となく見えてくるんです。

神武 仕事のキャリアという面では、「このポジションはライバルが強敵なので、別のポジションのほうが活躍できる可能性がある」といった思考や、「自分はこれが好き」とか「これをやりたい」ということとの間で折り合いをつけながら、キャリアを構築することも多いと思います。

 山崎さんも、組織から与えられた任務とは別に、「宇宙飛行士として私はこれをやりたい」とか「こういう宇宙飛行士になりたいんだ」といった想いもあったかと思います。やれることと、やりたいことは、どう決めていかれたんですか。

山崎 おっしゃる通り、基礎訓練が終わって、準備をしながら宇宙に行く機会を待つフェーズになると、それぞれ自分の専門性やバックグラウンドに応じて、自分としてやりたいことや、キャリアの目標が出てきます。それと、組織としてやるべき組織目標をすり合わせることが、とても大切になってきます。

 地上業務を行ったり、管制室から先輩宇宙飛行士のサポートをしたりしながら、自身のキャリアの目標を考えていきます。でも、組織はそこまで察してはくれません。そこはやはり自分からアピールする必要があります。

 配置は必ずしも希望通りになるわけではないのですが、訓練の中での実技評価や、「こういうところに実は素質があるのではないか」という先輩のアドバイスによって、自分では意識していない資質についての第三者の評価を重んじることも、大事だと思います。

 いずれにせよ、必ずどこかで壁にぶち当たるので、そのときは、子ども時代から好きだったことは何か、学生時代に興味があったことは何か、ということに立ち返って考えます。好きなことであれば、どんな壁でも乗り越えようとする原動力になるからです。

神武 そのような中、「このミッションでフライトしてください」と声がかかるんですね。

山崎 NASAの宇宙飛行士室の室長から、突然、電話がかかってくるんですよ。