OGPPhoto by Teppei Hori

同時通訳者として、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、ダライ・ラマ、オードリー・タンなど世界のトップリーダーと至近距離で仕事をしてきた田中慶子さん。「多様性とコミュニケーション」や「生きた英語」をテーマに、現代のコミュニケーションの在り方を考えていきます。今回は、ミュージシャン、ラッパーとして活躍するダースレイダーさんとの対談をお届けします。フランス・パリ生まれ、イギリス・ロンドン育ち、東京大学中退。2010年に脳梗塞で倒れて「余命5年」を宣告され、合併症で左目を失明。特異なバックグラウンドの中で、幼少期から常に言葉と向き合ってきたダースレイダーさんの言葉に対する想いとは?(文/奥田由意、編集/ダイヤモンド社編集委員 長谷川幸光、撮影/堀哲平)

ビートたけしは「言葉の背景」に非常に敏感
簡潔な言葉に含まれる「言葉の深み」

慶子さんプロフィール田中慶子(たなか・けいこ)
同時通訳者。Art of Communication代表、大原美術館理事。ダライ・ラマ、テイラー・スウィフト、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、U2のBONO、オードリー・タン台湾IT担当大臣などの通訳を経験。「英語の壁を乗り越えて世界で活躍する日本人を一人でも増やすこと」をミッションに掲げ、英語コーチングやエグゼクティブコーチングも行う。著書に『不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(KADOKAWA)、『新しい英語力の教室 同時通訳者が教える本当に使える英語術』(インプレス)。Voicy「田中慶子の夢を叶える英語術」を定期的に配信中

田中慶子(以下、田中) 近著『イル・コミュニケーション―余命5年のラッパーが病気を哲学する―』(ライフサイエンス出版)を拝読しました。

 この本の中で、以前、ダースさんがオフィス北野に所属していたときにビートたけしさんに会われたエピソードが書かれていて、そのときのすさまじさが並々ならぬ臨場感で伝わってきました。

ダースレイダー(以下、ダース) 僕がロンドンから帰国した頃、テレビには常にたけしさんが映っていて、まだ僕は子どもでしたが、コント番組などを見て思いっきり笑っていました。その後、映画監督としての「北野武」さんもずっと追いかけていて、考え方などで多大な影響を受けています。

 実際にお会いしたのは2回だけで、会話も非常に短かったのですが、周囲の人たちのたけしさんへの接し方や緊張感も尋常ではなく、ご本人のたたずまいから圧倒的な存在感を感じました。

田中 ビートたけしさんの映画の中での言葉の使い方がユニークですし、深みがありますよね。

ダース ご本人はマシンガントークもされますが、たけしさんの映画はセリフが少ないんですね。特に初期の作品では、役者さんがセリフを次々と発するのではなく、ただ、ポンと、簡潔な言葉を置くだけ。でも実はそこにいろいろなニュアンスが入っている。そういう言葉の使い方をされている。「言葉の背景」に対して、非常に敏感な方なんだと思いますね。

ダースさんプロフィールダースレイダー
1977年、フランス・パリ生まれ。イギリス・ロンドン育ち、東京大学中退。ミュージシャン、ラッパー。吉田正樹事務所所属。2010年に脳梗塞で倒れ、合併症で左目を失明。以後は眼帯がトレードマークに。バンド、ベーソンズのボーカル。オリジナル眼帯ブランド「O.G.K」を手がけ、自身のYouTubeチャンネルから宮台真司、神保哲生、プチ鹿島、町山智浩らを迎えたトーク番組を配信している。最新アルバムに『ラップの鉄人』。近著に『イル・コミュニケーション―余命5年のラッパーが病気を哲学する―』(ライフサイエンス出版)。

田中 本の中で、社会をレコード盤に例えていたのが印象的でした。どうしてもレコードの「A面」、つまり表面ばかりが注目されるけれど、社会というのはA面の裏、「B面」があると。

ダース レコードにはA面とB面があり、それは分けることはできない。社会も人も、それは同じだと思うんです。

 レコードのA面を聴いている僕たちは、ただそのまま聴いているだけでなく、そもそも、レコードを裏返してB面を聴く権利を持っている。ただ同じ曲を聴くのではなく、本来は違う曲に変えてもいい。

 婦人参政権、公民権運動、Black Lives Matterといった社会運動は、まさにその時々でB面がプレイされたわけです。そのレコードをひっくり返すDJは、独裁者ではなく、市民であるべきです。

 DJのセンス次第で社会はどんどん変貌していく。それこそが民主主義であると考えると、つまらない印象の政治だって、おもしろいものに思えてきますよね。

「社会」が「レコード」であるなら、それを再生する「ターンテーブル」は、人類によってつくられた「文化」そのものです。

 狩猟から始まって、土地に定住し、言葉やルール、法律を生み出しながら発展してきた人類の文化であり、そのターンテーブルの現在のモデルが「資本主義モデル」です。民主主義かどうかというのは国によって違うかもしれませんが、いずれにせよ資本主義的なものだと思います。曲を変えよう、社会を変えようといったところで、この土台のモデルが変わらない限り、制約の中でしか実現できない。