読者を刺激したのは、山形に押しかける受験生の心境を描いた次の一文だった。「私立の大学にはいつていががはしい教育を受けるより如何な辺鄙な土地でも高等学校の方が望ましいと云ふ考がまだ日本の学生の頭を抜けないのである」。

 いかがわしい私大に比べれば、帝国大学への正規の入学資格が得られる高等学校の方が望ましい。たとえ東北の田舎にある新設校であっても――。ここには、田舎は嫌だが私大よりはましだ、という明確な判断基準がある。都会・田舎・官立(編集部注/国立のことを当時は官立と呼んでいた)・私立という4つの象限のうち、学力や学資準備の条件からどこに入り込めるか、という問題である。

 この点、もちろん首都東京にある官立の第一高等学校(編集部注/東京大学教養学部、千葉大学医学部、同薬学部の前身となった旧制高等学校)に入学することがベストに決まっているだろう(7年制の東京高校はこの翌年開設)。

 次は、のちに「5大都市」にカテゴライズされる京都市・大阪市・横浜市・神戸市・名古屋市あたりがよいであろう。だが、この時点では京都に第三高等学校(編集部注/京都大学総合人間学部、岡山大学医学部の前身となった旧制高等学校)、名古屋に第八高等学校(編集部注/名古屋大学教養部の前身となった旧制高等学校)があるだけだった。