最初から才能が見込まれていたライオネス飛鳥に比べ、長与千種やダンプ松本は伸び悩んでいた。先輩レスラーのいじめもあり、長与が引退を考えていた時期に、同じように「自分のやりたいようにプロレスをやりたい」と考えていたライオネス飛鳥とクラッシュギャルズを結成した。これが1984年のこと。この2人が、ビューティーペアを超える人気を集めるようになる。
『極悪女王』はこの経緯に触れつつ、クラッシュギャルズの同期であり、2人と闘うヒールとして「極悪同盟」を率いるダンプ松本の生い立ちから描く。
ファンが泣き叫び、関係者が身の危険を感じた
伝説の「髪切りデスマッチ」とは
今よりもエンタメの少ない時代とはいえ、女子プロレスラーが歌番組に登場し、レコードを何十万枚も売り上げ、会場には手作りのハチマキや横断幕を持ったファンたちが押し寄せたと聞くと、その熱狂ぶりがわかる。
「過激だから」といった理由で敬遠する人もいたが、彼女たちはお茶の間に広く知られる存在だったのである。
やはり最も人々の記憶に残るのは「髪切りデスマッチ」だろう。女性たちの人気を一身に集めていた長与千種がダンプ松本に敗れ、リング上で髪の毛を剃られる様子に、多くの人が涙し、ショックを受けた。ダンプ松本はこの帰りに車を取り囲まれ、ファンたちに「殺される」と思ったそうである。
リング上での流血も含め、現代であればコンプライアンス的におそらく完全にアウトである(しかしだからこそ、企画・脚本・プロデュースの鈴木おさむは、このテーマでやりたいと思ったのかもしれない)。
長与千種が見せたかったものは、敗者の美学だったと言われる。本人は平家物語の「滅びの美学」をも学び、カリスマでありながらも、紙一重で負けるかもしれないギリギリの姿を観客に見せ続けた。