気鋭のノンフィクションライター・甚野博則氏の新刊『ルポ 超高級老人ホーム』が話題だ。富裕層の聖域に踏み込んだ同書では、選ばれし者のみが入居する「終の棲家」を徹底取材している。同書の発売を記念した本稿では、暴力団取材のエキスパートであるライターの鈴木智彦氏が、合法、非合法問わず大金を稼ぎだした暴力団員たちの「最後の仕事」に迫る。(取材・文:鈴木智彦、構成:ダイヤモンド社書籍編集局)
暴力団も「採用難」に……
年寄りが増え、若者がいない暴力団社会……近年、「殺し」を担うヒットマンたちの高齢化も著しい。
暴力団の隠語で拳銃を「道具」というが、その道具を使う「仕事」は殺しを指す。
「かつて『仕事』は幹部への登竜門だった。出世には殺しの過去が不可欠で、どうせロング(※長期刑)に行かねばならぬなら、なるべく早めに行くべきと言われていた」(九州の独立組織幹部)
しかし暴力団事件の量刑は年々重くなり、現代では抗争事件で1人殺すと無期懲役になる。仮釈放はあっても、有期刑の上限が30年なので、それより早くは出所しない。また、無期懲役で出所しても死ぬまで仮釈放が続くので、微罪で逮捕されただけで刑務所に逆戻りとなる。
法を踏みにじる生活スタイルが暴力団の強みなのに、信号無視で懲役では使い物にならない。
だから若い人間が「仕事」をすると、長い人生をまるまる棒に振る。
頑張ればいい車に乗れて、美味い飯が食えて、いい女を抱けると思って暴力団に入るのに、塀の中で生涯を終えたら元も子もない。組織もさすがに無理強いできないのが実態だ。
獄死覚悟の「還暦ヒットマン」
そのため今のヒットマンは、ごく一部の例外を除き、獄死覚悟の老人ばかりだ。
犯行が弱々しいわけではない。というよりむしろ逆である。
2011年8月、暴力団会長の自宅に乗り込んだ78歳のヒットマンは、二丁拳銃とマシンガンを所持し、侵入した庭で手りゅう弾を爆発させ、ランボーさながらに暴れた。
2019年10月、神戸市の暴力団事務所前で、実話誌のカメラマンに偽装して待ち伏せ、2人を撃ち殺したヒットマンは逮捕時68歳だった。
この2人のヒットマンにはもうひとつ共通点がある。重病のため余命幾ばくもなく、実際、すぐに亡くなったのだ。
そして今年9月9日、宅配業者を装い、宮崎市内の暴力団事務所を訪問。応対に出た幹部射殺したヒットマンは63歳だったが、一週間ほど前、京都で食事をした知人によれば「げっそり痩せていた」という。
どの組員もどうせ娑婆には出られないと獄死覚悟だから、今後も犯行は年々過激化するだろう。
だが末端組員たちは、こうしたヒットマンたちを悲惨だとは思っていないようである。
「生活保護」か
「伝説のヒットマン」か
「ヤクザで金を掴むのはごく一部。大半は明日の飯代にも困る有り様だ。介護が必要になったら? 引退して生活保護しかないね。
それに比べりゃ、刑務所だって最低限の医療はある。娑婆でみじめに介護生活を送るなら、伝説のヒットマンとして名前を残して死んだ方がいい。組織から小遣いをもらい、家族に最後の孝行も出来る」(70代の山口組系組員)
こうした組員の心情に気付いてから、抗争に関する記事を書く場合は、原則、ヒットマンの名前を伏せるようなった。
これほど身勝手かつ独善的な論理で他人を殺し、社会を不安に陥れて反省もなく、得意満面な人間ならば、無名の犯罪者として消えるのがふさわしい。
1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーライターに転身。実話誌、週刊誌を中心に、幅広くアウトロー関連の記事を寄稿している。著書は『サカナとヤクザ』(小学館)、『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザと原発』(文藝春秋)など多数。