このエピソードには司馬の創作が入っていると思いますが、こうした文之進の日々の厳しい指導が、松陰が他者や社会全体への意識と責任感を学ぶ機会となったと考えられています。

 もちろん、現代の価値観に照らして見てしまうと、文之進の行為は完全なる体罰行為で一発アウトなわけですが、武士道に沿って生きた当時の人々、とりわけ兵学者であった文之進にとっては、公という行動規範を身体に染み込ませるための彼なりの教育方針だったと考えられます。

 夏目漱石は小説『こころ』の中で、明治天皇の崩御と乃木希典大将の殉死について触れ、これを「明治の精神」という言葉で登場人物に語らせています。

 ちなみに乃木大将も長州の生まれで、10代の頃に松下村塾で文之進に師事した弟子の1人です。乃木神社では、玉木文之進もまつられています。

 今の時代に体罰に基づく教育や殉死そのものを推奨するわけではありませんが、その時代の文化や思想を学ばずして、単純に現代の土俵で事の是非を論じても詮無きことなのです。