デンマークにおけるデザイン思考の現場

 優れたデザインとは、ユーザーの理解が不可欠です。デンマークの家具のデザインが優れているのは、これまでに紹介したようなデンマーク人のユニークなニーズとそこに応えてきたデザイナーの視点が良かったからでしょう。彼らの考え方について学ぶため、ある人にお話を伺いました。

 デンマークのデザインについて書かれた「Dansk Design」の著者であり、建築家、インダストリアルデザイナーである、トーマス・ディクソンさんです。トーマスさんはレゴ社のリサーチセンター、Vision labの創設にも携わられました。

 コペンハーゲンにある彼の自宅はクリエイティブなデザインと遊び心で溢れています。壁に描かれた絵(ベルギー生まれのコミック「タンタンの冒険」のロケットをイメージ)、プラスチックのカップで作ったライト、レゴで作られたランプは、すべてトーマスさんの作品です。

 そして、やはりテーブルの周りには4種類の椅子が。友人を招いたときに、好きな椅子に座ってもらえるようにしているそうです。トーマスさんに、まずはデンマークのデザインの現場についてお話を聞いてみました。

「デンマークでは過去10~15年ほど話題に上がっていますが、ユーザー・ドリブン・イノベーションというのがあります。これはユーザーがどんな商品を欲しているのかを理解し、それを解決することでどのようにユーザーを助けることができるのか、を考えることにフォーカスしたものです。

 このムーブメントは、過去10年~15年で広がりました。ただし、ユーザー・ドリブン・イノベーションの問題点は、ユーザーの欲しいものを与えようとしているのに、ユーザーは自分たちが欲しいものを知らないことです。

 ヘンリー・フォードが「もし顧客に何が欲しいかと尋ねていたなら、彼らは速い馬が欲しいと答えていただろう」と言うように、ユーザーには他のものを欲しいと思う想像力はありません。

 一方でデザイン・ドリブン・イノベーションというものがあります。ユーザー・ドリブン・イノベーションは、ユーザーにどんなものが欲しいのかを聞いてデザインするのに対し、デザイン・ドリブン・イノベーションでは、人々が何を求めているのか観察して彼らのためにデザインします。

 つまり、デザイン・ドリブン・イノベーションは、ユーザー・ドリブン・イノベーションがより発達したものなのです。ユーザーから学ぶ必要はもちろんありますが、ニーズに気づいていない、知識がないために解決できなかったユーザーの問題を解決する。この考え方が大切なのです」

 デンマークとデザイン・ドリブン・イノベーションの関係を教えてください。

「デンマークにその考え方は古くから存在していました。デザイナーは、見た目の良さ、デザインの良さを残しつつも問題解決できないか?という考えがあったのです。これは、北欧の問題解決思考の文化に起因していると思います。問題解決思考は、フォークホイスコーレとコープのムーブメントと関連しています。

 つまり、ただ量を市場で売るのではなくて、正しい方法で売る。倫理的な面のデザインの考え方がそこにあります。人々は何を必要としているのか、彼らにとってどんな家具をデザインすべきだろうか?という考えがあったのです」