「心が異なる」相手は同化させる

 紀元前の非常に古い文献である『左伝』(春秋左氏伝)に「わが族に非ざる者は、その心もまた異なる」という有名な言葉が記されている。

 要するに、中華以外の人間は心がわれわれと違うので、自分たちとは違う人間だと言っているのだが、これを「異心論」という。その「わが族に非ざる者」に対し、中国がたどり着いたのは「同化させるべき」だという考え方だった(私はこれを「同化論」と呼ぶことにした!)。

 欧米でいう「カルチャー」に、「文化」という訳語をつけたのは近世の日本人で、中国語の「文化」は意味がまるで違う。それは、相手を「文明化」させることであり、別の言い方をすれば、「中華化」することだ。つまり中国人(漢族、漢人)と同化させることである。この「中華化」は、「華化」「華夏化」と言い換えることもできる。

「華夏」とは、まさしく「中華」そのものを指し、あるいは「中華民族」そのものを意味する言葉だ。異民族を華夏にすることこそ、中国人にとって「文化」だといえる。漢字圏に生きる日本人だからこそ、見えにくい例のひとつである。