ポイント経済圏の覇権を巡る“天下分け目”の戦いの舞台となったのが、コンビニエンスストア大手のファミリーマートだ。伊藤忠商事なども巻き込みTポイントと楽天ポイントの間の熾烈な攻防が繰り広げられた。『ポイント経済圏20年戦争』から一部抜粋し、伊藤忠社長だった岡藤正広氏とのトップ会談など、ファミマの切り崩しに向けた楽天の決死の交渉の内幕を明らかにする。(ダイヤモンド編集部)
Tポイントvs楽天ポイント
コンビニ大再編が号砲に
ポイント経済圏を確立していたTポイントと、後発の楽天ポイントとの覇権戦争の「天王山」となったのが、コンビニエンスストアの争奪戦である。
2014年10月にスタートした楽天の共通ポイント事業で、最初期の加盟店として中核的な存在だったのが、コンビニ業界4位のサークルKサンクス(現ファミリーマート)だった。
15年3月10日、楽天は激震に見舞われる。コンビニ業界の大再編が勃発したのだ。当時、業界3位だったファミマとサークルKサンクスを傘下に持つユニーグループ・ホールディングスが経営統合に向けて交渉に入ると発表したのである。統合後に店舗ブランドは規模で勝るファミマを残し、サークルKサンクスが消えるシナリオが有力だった。
当然、店舗ブランドの統合は、共通ポイントの戦略の在り方をも問うことになる。サークルKサンクスが楽天ポイントを採用していたのに対し、ファミマは長らくTポイントを扱ってきた。
当時は共通ポイントとしての知名度や存在感はTポイントが圧倒的だった。サークルKサンクスが消えれば、同時に楽天ポイントも加盟店を失うリスクがあった。
「コンビニがなくなったら大変なことになる」。すでに楽天に移籍し、楽天ポイントの総責任者となっていた笠原和彦は決死の覚悟で、ファミマへの働き掛けを強めていく。
ファミマがユニーとの統合交渉入りを発表して1カ月後の15年4月6日、笠原はファミマ常務取締役総合企画部長の加藤利夫と面会し、マルチポイント化を訴えた。旧セゾングループの傘下だったファミマには1998年に伊藤忠商事が資本参画し、幹部には伊藤忠出身者が少なくないが、加藤は83年にファミマに入社したプロパー組である。
その加藤は笠原にこう伝えた。「ドアは開いていますよ」。ただし、こうも付け加えた。「(マルチポイントを)やると約束したわけではないですから」。笠原と加藤は、Tポイント時代からの長い付き合いである。笠原は、加藤の発言からマルチポイント化は難しいとのニュアンスをかぎ取った。出だしから厳しい戦いになることが予想された。
15年8月25日、楽天とファミマの幹部が一堂に会した会食が持たれた。出席者は、楽天側が笠原に加え、会長兼社長の三木谷浩史、副会長で金融事業トップの穂坂雅之、副社長兼CFO(最高財務責任者)の山田善久、楽天カード取締役常務執行役員の中村晃一という顔触れ。対するファミマは、伊藤忠出身で社長の中山勇と、同じく伊藤忠出身の取締役常務執行役員の玉巻裕章、そして加藤が中心だった。
まさに両社の幹部がそろい踏みしたトップ会談は、笠原の予想を良い意味で裏切った。マルチポイント化について楽天側から水を向けられた中山はこう踏み込んだ。「前向きに考えましょう」。ファミマ側からは、楽天とはポイントだけでなく、幅広い提携を模索していきたいとの要望が上がったほどだった。和やかなムードで終始した会談を終え、笠原はマルチポイント化への手応えを感じた。 だが、その会談以降、具体的な議論は一向に進まなかった。トップである中山が「前向き」と発言したにもかかわらずである。
裏には、ファミマ会長の上田準二の意向があった。上田は伊藤忠でファミマを管掌するCVS事業部長を務め、2000年にファミマに転じ、02年にファミマ社長に就任した。看板商品「ファミチキ」の生みの親としても知られる。
ユニーとの統合を主導したのも上田である。上田は、09年にはエーエム・ピーエム・ジャパンを買収するなど業界再編を果敢に仕掛けてきた。サークルKサンクスにも秋波を送り続け、ついに悲願の経営統合にこぎ着けた。まさにコンビニ大再編の仕掛け人だった。10年以上もファミマを指揮してきた上田は、まさに最高権力者といってよかった。
その上田と、CCC社長兼CEO(最高経営責任者)の増田宗昭は、強固な信頼関係で結ばれていた。「増田さんの話には夢がある」。Tポイントの加盟店の集まりで、上田はそう増田を手放しで持ち上げたこともある。ファミマ社内で上田と増田の蜜月を知らぬ者はいない。マルチポイント化の議論はいつの間にか、ファミマ社内ですっかりしぼんでしまったのだ。