伊藤忠・岡藤と楽天・三木谷の頂上会談
ファミマとCCCの蜜月は崩せず

 笠原は、上田を説得するため、アポイントメントを繰り返し申し込んでいた。だが、上田はなかなか楽天側に会う機会を設けようとしなかった。いったん入ったアポが、体調不良を理由に取り消しになったこともあった。

 笠原がさまざまなルートを駆使してようやく上田にアポが入った。16年1月20日、三木谷が単独で上田の元を訪れ、マルチポイント化を検討するように頼み込んだ。だが、三木谷の頼みをよそに、上田はマルチポイント化の問題点を挙げていった。

 一つが、レジなどでのオペレーションの二重化。そして、もう一つがPOS(販売時点情報管理)システムの改修費用に100億円かかるということだった。ただ、オペレーションの二重化といっても実態はTポイントか楽天ポイントのどちらかのカードを提示してもらうだけだ。さらに、POSの改修費用が100億円かかるというのもやや大げさだった。新システムの構築でもそこまでかさむことはない。マルチポイント化に乗り気でない上田の心情を反映した発言だったといえる。

 上田は、さらにこう付け加えた。「(マルチポイント化は)増田さんがネガティブ」。盟友は首を縦に振ることはないと、代弁したのだ。上田との面会後、三木谷は笠原にこんな感触を伝えた。「(可能性は)3割ぐらいですね」。楽天にとって乾坤一擲(けんこんいってき)のトップ交渉だったが、上田への説得は空振りに終わったのだ。

 難局を打開するために笠原が決意したのが、ある人物への直接交渉である。その人物とは、伊藤忠社長だった岡藤正広である。10年に社長に就任した岡藤は、万年業界4位とやゆされてきた伊藤忠を強力なリーダーシップで急成長させた。伊藤忠は16年3月期には三菱商事や三井物産といった財閥系商社を押しのけ、商社業界で初の首位に立った。実業界では屈指の辣腕経営者である。

 16年4月1日、三木谷と笠原は、東京・青山にある伊藤忠本社を訪れ、21階の社長室で岡藤と面会した。三木谷と岡藤は初顔合わせだった。

 白い瀟洒なソファに腰かけた岡藤はこう切り出した。「話は聞いています。Tポイントと排他契約があるから(マルチポイント化は)難しいんですよね」。排他契約とは、Tポイントが加盟店との間で結んでいた「Tポイント以外のポイントを導入してはならない」というものだ。岡藤には、楽天ポイントの導入はTポイントとの契約上難しいとの報告が上がっていたのだ。

「そんなことはありませんよ」。笠原は、Tポイントのほかの加盟店でポイント併用の検討が進んでいることを引き合いに、マルチポイント化は可能だと説明した。笠原の話に耳を傾けていた岡藤は、こうつぶやいた。「お客さんのためには、(Tポイントと楽天ポイントの)両方が入っていた方がいいね」。

 笠原は畳み掛けるように、楽天ポイントのシステム利用料の方が実態としては廉価であることも伝えた。Tポイントは、加盟店が購買データを閲覧する際にも手数料を課していた。一部の加盟店からは不満も上がっていた仕組みだった。「楽天はその手数料も徴収しませんし、それも込みでTポイントより合理的ですよ」。笠原はここぞとばかりに売り込みをかけた。岡藤の反応は上々だった。

 岡藤の言質を引き出したのは、楽天にとっては値千金だった。翌日にはファミマ社内で、三木谷らの岡藤詣での話がすでに出回っていた。「厄介なことをしてくれましたね」。4月27日、笠原と面会した玉巻はそう苦笑いした。伊藤忠の繊維部門出身の玉巻は、岡藤の部下だったこともある。

 その岡藤から玉巻にこんな直命が下ったのだ。「楽天の言い分にも一理あるんじゃないか。マルチ(ポイント化)で検討を進めるように」。グループトップに君臨する岡藤の一言は絶対だ。ファミマは、Tポイント側にマルチポイント化を打診することになる。楽天に大逆転の芽が見えてきた。

 だが、Tポイント側も巻き返しを図る。「システム利用料の値下げ」。CCC傘下でTポイントの運営会社であるTポイント・ジャパン社長の北村和彦は、ファミマの加藤にそんな驚きの案を提示する。契約期間中の値下げは異例のことだ。「ファミマは落とせない」。そんなTポイント側の強い意志がにじんでいた。

 結局、ファミマ会長の上田とCCCの増田の関係が揺らぐことはなかった。加えて、圧倒的に浸透していた「ファミマ=Tポイント」のイメージを守りたいとの判断もファミマ社内で強く働いた。

 最終的には、笠原らの努力は実らなかった。ファミマ社内で、Tポイントへの一本化で議論が集約された。そして、ファミマは17年9月6日、店舗ブランドの統一後に楽天ポイントの扱いを停止すると楽天側に通告した。楽天は加盟店網からコンビニを失うことになったのだ。

 ファミマを巡る攻防では、Tポイントが楽天を退け、いったんは牙城を死守した形となった。しかし、その後、ポイント経済圏の覇権を巡って不可逆的ともいえる地殻変動が進んでいくことになる。(敬称略)