だから編集者さんには、若い世代に向けた物語だけではなく、これまでと少し違うことにチャレンジさせてくださいとずっとお願いしています。小説家としてのキャリアについては、自分自身が一番シビアに考えなきゃいけないと思うので。
――キャリア形成ですか。
僕は新人賞を取らずに小説家デビューしたため、どこの出版社にも所属していない野良の物書きです。そのため、1冊目の『明け方の若者たち』が1回も重版がかからなかったら、もう2度と小説執筆の声はかからないだろうと思っていました。
最初の本を必ず当てなければもうキャリアがないかもしれないという怖さがありましたから、どうしたら売れるだろうか、どうしたら読まれるだろうかということにすごく向き合いました。その意味で『明け方の若者たち』は自分の中で特別な本なんです。
売れる本を書くために、
「読みやすさ」を大切にしている
――実際、映画化もされてヒット作になりました。
運よくデビュー作が売れて、映画化もされました。でも、一つ成功したからといって、そこでチヤホヤされて満足していては、いつか賞味期限が切れるから、そうなる前に別のタネを育てていかないといけない。
純文学の作家さんの中には、物語として崇高なものが書けて、その小説の世界が完成されているなら、それでよしという方も多いと思います。販売部数を指標にされている方は少ないでしょう。
カツセマサヒコ著
新潮社
1870円(税込)
ただ、自分がいま置かれている立場はそうじゃなく、商業作家として常に数字を出していかないと用なしになるという危機感があるので、僕は売ることにこだわります。一部でも多く読まれる、売れる、刷られる小説を書いていきたいと思います。
大ヒットする作品がどんなものかはわからないですが、少なくとも僕が大切にしていることの一つが、リーダビリティー、読みやすさです。
僕は本を読まない人生を送ってきました。そして日本全体で見れば、小説を読まない人の方がはるかに多い時代です。そんな時代にベストセラーを生むためには、普段本を読まない人に読んでもらわないといけません。そういう人たちが最初のページを開いて、なんとなく読み始めたら、いつの間にか読み終わっていた、というところまで持っていくにはどうしたらいいか。とりあえず、リーダビリティーをとにかく上げなければいけない。
ですから、句読点の打つポイント、改行のタイミング、漢字の開き、想像しやすい言い回しなどを非常に意識して、執筆しています。今の自分にはこれといった強みがない状態なので、とにかく読みやすく、読書習慣がない人でも読了できるものを作っていきたいと思っています。
カツセマサヒコ
1986年生まれ。東京都出身。一般企業を経て、編集・ライターとして活動。2020年『明け方の若者たち』(幻冬舎)で小説家デビュー。同作は映画化もされる。24年『ブルーマリッジ』(新潮社)と『わたしたちは、海』(光文社)の二冊を続けて発表した。