つまり、創造の6日間がはじまるよりも前に、神はまず「知恵」を生みだし、この「知恵」とともに世界を創ったというのだ。
ちなみにヘブライ語の「ホクマー」は女性名詞である。この「知恵」は、『創世記』の冒頭にある「神の霊」とも重なるものとみなされる。
「知恵」は神の霊でもあり娘でもあり
花嫁でもある良きパートナー
このように擬人化されてもいる「知恵」はつづけて、「〔主の〕御もとにあって、わたしは巧みな者となり/日々、主を楽しませる者となって/絶えず主の御前で学を奏し/主の造られたこの地上の人々と共に楽を奏し/人の子らと共に楽しむ」のだと、誇らしげに語る(『箴言』8.30-31)。
つまり「知恵」は、神の「霊」にして、神の娘でもあるわけだ。『詩編』にもまた、「主よ、御業はいかにおびただしいことか。/あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。/地はお造りになったものに満ちている」(104.24)、とある。
さらに「知恵」を「花嫁」になぞらえるのは、旧約聖書続編の『知恵の書』(8.2-4)である。「知恵は神と共に生き、その高貴な出生を誇り、/万物の主に愛されている。/知恵は神の認識にあずかり、/神の御業を見分けて行う」。「知恵」はこのように、神の愛される良きパートナーでもあるのだ。