日本では今年6月に発売された、ゴーグル型の空間コンピュータ「Apple Vision Pro」。Appleはハードウェアを開発・販売するだけではなく、Apple Vision Pro専用のコンテンツとして、イマーシブ(没入型)短編映画「沈没へのカウントダウン(原題:Submmerged)」をApple TV+で配信開始した。これまでも上下左右180度の立体映像(デュアル8K解像度)によるイマーシブビデオは記録映像的な作品が数本公開されていたが、「Submmerged」は初のシナリオベースのストーリーもので、アカデミー賞受賞監督が手がけた本格的な映像作品だ。視聴だけでなく、映像制作にあたってもApple Vision Proが使われているという。今回は、「沈没へのカウントダウン」を実際にApple Vision Proで観るとどのような体験ができるのかを紹介するとともに、METAの野心的なARグラスプロジェクト「Orion」をAppleはどう見ているかを考察してみた。(テクノロジーライター 大谷和利)
180度3D映像のポテンシャル
Apple Vision Proの日本発売とともに購入し、ほぼ毎日のように使ってきた筆者は、「沈没へのカウントダウン」のリリース予告があったときから、配信が始まるのを楽しみにしていた。通常の映画鑑賞においても「自宅でIMAX」的な視聴体験をもたらすApple Vision Proで、企画段階からそれ専用に考えて制作された17分間のイマーシブビデオ体験とはどのようなものなのか、とても興味があったからだ。
ちなみに、Appleがいう「イマーシブビデオ」とは、デュアル8Kの180度3D映像を指す。全球360度のほうが没入感が高いのではと思いがちだが、自分の後方にも映像があるとなると、周囲を見回すことに気を取られてしまい、かえって集中できなくなることも少なくない。また、後述するように180度でも十分に高い撮影の難易度が実写の360度では飛躍的に高まるため、制作者側にとっても180度という画角は最良の妥協点といえるのである。