効率性を度外視した異質な存在感

2万8600円の「鈍器本」がアマゾン100位内の衝撃!SNSに絶賛の声「すごい辞典」「国書刊行会ヤバイ」神山重彦著『物語要素事典』(国書刊行会) Photo by Tatsunori Tokushige

 重版やSNSでの反響について、著者である神山さんは「高額な本であるにもかかわらず重版となったことに、ただただ驚き、喜んでおります」とコメントを寄せた。

 なんでもネットで済ませるタイパの時代に、なぜ物語要素事典は受けたのか。河野さんは出版業界の問題を踏まえながら、次のように分析する。

「第一の理由はやはり本書の真価を読者に伝えることができたからですが、ほかにも様々な要因があったと思います。出版不況の中、各社刊行点数を増やさなければ売り上げを立てづらいという状況がつづき、一冊の書籍にかけられる時間は切り詰められてしまう傾向にありますが、『物語要素事典』に含み込まれた時間はその傾向とはまったく相反しています」

「この本の中には著者の約40年にわたる研究と執筆の時間、関係者が編集と制作のために費やした時間、それに読者がこれを読むために必要とする限りない時間が詰まっています。タイパが重視される現代に、時間の効率性を度外視した存在感が異質な魅力を放っているのではないでしょうか」

 広く浅くではなく、深く濃く。娯楽の多い時代に進む本離れだが、物語要素事典は他のものでは代替できない本の価値を提示してみせた。

2万8600円の「鈍器本」がアマゾン100位内の衝撃!SNSに絶賛の声「すごい辞典」「国書刊行会ヤバイ」神山重彦著『物語要素事典』(国書刊行会) Photo by Tatsunori Tokushige

 物語要素事典は、河野さんの編集者人生にも影響を与えている。

「こういうとあまりに楽観的かもしれませんが、希望を感じます。ものとしての本の良さをここまで作り込める出版社は国書刊行会のほかにはないと思いますが、その信念が報われる局面もあるのだと」

「ネットでいくらでも文章が読めてしまう中で、書物としての豊かさを読者に届けることはやはり重要なのだと感じました。書き手からもたらされる内容の充実と、書籍の佇まいとの相互作用が、本をつくる側にも、それを手に取る読者にも幸福な状況をもたらすことができればと思います」