「ジャッファケーキ」は美味しい。確かに美味しい。しかし1口の「ジャッファケーキ」に染み込んだ歴史の重なりを考えるとき、マーマレードとチョコレートの甘さの奥底に潜んだ、かなりの苦々しさを避けるわけにはいかないだろう。

プロテスタントの黒人選手は
まさにジャッファケーキ

 1980年代後半のスコットランド、グラスゴー。そこに「ジャッファケーキ」と呼ばれた1人のサッカー選手がいた。イングランド人のマーク・ウォルタースその人だ。ウォルタースは、ナイジェリア人の父とジャマイカ人の母との間にバーミンガムで生まれた黒人イングランド人。1987年から1991年までグラスゴー・レンジャーズに在籍し、144試合に出場して52ゴールを記録したストライカーだ。1試合だけだが、イングランドのA代表としても活躍した。

 彼を「ジャッファケーキ」と呼んだのは、レンジャーズの最大のライバルである同じ街のセルティックのサポーターたちだった。かつて中村俊輔、水野晃樹、井手口陽介が在籍し、いまや古橋亨梧、前田大然、旗手怜央、岩田智輝、小林友希の5人の日本人選手が活躍するセルティックは、アイルランド系カトリック教徒のサポーターが多い。そもそもクラブの成立自体がカトリックの神父によるアイルランド系移民のためのチャリティー活動を基盤にしているからだ。

 それに対してレンジャーズは、プレズビテリアン(編集部注/キリスト教のプロテスタントの中での歴史の長い一派)を中心としたプロテスタント系のサポーターが多い。代々のオーナーがスコットランドの実業界を代表するような企業家だったこともあり、ウォルタースの同僚となるモーリス・ジョンストンという選手と契約するまで、公式には1人もカトリック教徒の選手とは契約していないことになっていた。アイルランド系移民やカトリック系住民に対するなかなかきつい歴史を持つクラブなのである。

 そこにやってきたウォルタースは、肌の色=外見が「黒い」チョコレート色で、レンジャーズの選手ということで中身はプロテスタント=オレンジ。つまり「ジャッファケーキ」というわけなのだ。

 なぜオレンジがプロテスタント色かといえば、1688年に名誉革命を起こしてイングランドを再統一したオランダ人の王、ウィリアム3世(編集部注/オレンジ公ウィリアムと呼ばれていた)にちなんだ由来があるからだ。