甘いはずなのにスッキリできない
マーマレードの歴史の罪とは

 旧王家スチュアート朝の残党狩りとなった1690年の「ボイン川の戦い」(編集部注/アイルランドのボイン河畔での戦闘で、ウィリアム3世率いるプロテスタントのイングランド軍がジェームズ2世支持のカトリックのアイルランド軍を破った)での戦勝を記念して、プロテスタント勢力はオレンジを勝利主義の象徴的な色として崇めてきた。その歴史を、セルティックサポーターたちは逆手に取って、ウォルタースを揶揄するあだ名をつけ、試合のたびごとに彼を野次ったのである。「このジャッファケーキ野郎め。外見は黒いくせに一皮むけばオレンジじゃねえか!」と。

 アイルランド系の労働者階級の男たちが、イングランドからやってきた事情のよくわからない黒人の若者に「ジャッファケーキ!」という言葉を投げつける。これは黒人に対する人種差別なのか、プロテスタントに対する憎悪の表現なのか。

書影『舌の上の階級闘争「イギリス」を料理する』(リトル・モア)『舌の上の階級闘争「イギリス」を料理する』(リトル・モア)
コモナーズ・キッチン 著

 マーマレードもここまで来ると、風味や食感などまったく関係ない物語を作るアイテムになってしまう。黒人選手を侮蔑する言葉の中に、オレンジマーマレードの歴史が凝縮されているようだ。砂糖、チョコレート(カカオ)、オレンジ。奴隷制、自由貿易、階級対立、人種差別。帝国主義の残り物をすべて拾い上げて渾然一体とさせた「ジャッファケーキ」。

 その味の中枢を担うマーマレード。そう考えると、在位70周年の記念動画の中で女王がマーマレードサンドウィッチを取り出したのは不思議でもなんでもなく、イギリス王室が長きにわたって享受してきた植民地からの収奪による富と、その収奪の歴史に対するなんの反省もない王室の「伝統」を見事に表現しきっていると言えなくもない。

 ではその対極にいるはずの労働者階級はどうだろうか。パディントンを移民労働者の比喩として見るならば、これもなかなかシュールである。このクマの粗暴な振る舞いには、まったく悪意も邪気もない。紅茶をポットに口をつけて飲もうが、ケーキを手で潰してクリームを撒き散らそうが、女王は軽くほほ笑んですべてを受け入れる寛容な君主を演じている。なんとなくの気まずい雰囲気も、2人(1人と1頭?)がともにマーマレードサンドウィッチを持っていることで解消されてしまう。

 そのマーマレードはね、と、また同じ話をループさせてしまいかねないくらいに、ベトベトと甘く、ネトネトとスティッキーで、なかなかスッキリとはしないのに、爽やかな香りに惹かれて今日も食べてしまう。歴史の罪と切り離そうとしても切り離せない食品がマーマレードなのだ。