生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。本稿では、ベストセラー『すばらしい人体』の著者山本健人さんに本書の魅力を寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。

人気外科医が「700ページ超というハイボリュームでありながら、その面白さ、読みやすさゆえにベストセラーになっている」と感嘆した一冊とは?Photo: Adobe Stock

ブタの臓器を使った手術トレーニング

 私たち外科医には、手術のトレーニングが欠かせない。多くの外科医が、糸結びの練習をしたり、専用のシミュレータで内視鏡手術やロボット手術のトレーニングを行ったりする。また、ブタなどの動物を使って手術のトレーニングを行うことも多い。ブタには本当に申し訳ないが、医療の発展のために、そして多くの患者さんを救うために、許してもらいたいと心から願いつつトレーニングに参加する。

 ブタのお腹の中を見ると、奇妙な感覚に囚われる。臓器の形は人間とずいぶん違うのに、見方によっては非常によく似ているとも言える。肝臓、胃、小腸、大腸、子宮など、人間が持つ臓器は一通り揃っているし、場所もほぼ同じである。日頃、人の体内を見ているだけに、この動物と人間との解剖学的な類似性を知ると、思わずパラレルワールドに来たような感覚に襲われるのである。

ネズミのストレスは人間そっくり

 さて、2024年3月に出版された『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ』は、これとはまた違った角度から、人間と他の動物の「類似性」を知れる作品だ。700ページ超というハイボリュームでありながら、その面白さ、読みやすさゆえに、5.5万部のベストセラーとなっている。

 シドニー大学で動物行動学を専門とするアシュリー・ウォード教授が、昆虫から魚類、鳥類、哺乳類まで、ありとあらゆる生物を扱い、その生態を分かりやすく解説する。全体を通して一貫するテーマは「社会性」だ。動物たちがいかにして社会を築き、その中でどう振る舞うか、種の存続を目指す上で「社会性」がどう有利に働くかを教えてくれるのだ。

 本書で挙げられる動物社会は、書名にもあるように、まさに「驚異」と言っていい。

 ハチやアリ、ゴキブリたちは、想像を絶するほど緻密に社会を構築する。集団内でのヒエラルキーや協力関係が、種の生存確率を見事に高めている。

 ネズミの集団内で恐怖や苦痛を感じた個体がいると、その心理ストレスは集団内に伝染する。一方、この感情は仲間が近くにいることで緩和され、穏やかになる。これは「社会的緩衝作用」と呼ばれるという。人間そっくりである。

 若くて力強い雄ゾウでも、集団内の年長の雌の叱責には弱い。録音しておいた雌の鳴き声を再生すると、勇敢な雄ゾウでも逃げ出してしまうという。これもまた、人間社会を見ているようである。

 人間の強みは、他の動物を凌駕する高いコミュニケーション能力だと考える人は多いかもしれない。だが、動物たちの驚異的なコミュニケーションの手段を知ると、それは傲慢な考えだと気付かされる。

 ゾウは人間の耳では聞こえない低い音を使い、10キロメートルも離れた仲間と意思疎通を図れるというから驚きだ。クジラやイルカのような水中に生息する哺乳類も、複雑な音声を使って互いに情報交換し、これが社会性の構築に役立っている。

人間という種の魅力と暴力性

 人間は、繁殖に適した時期を超えてもなお長く生き続ける生物だ。これを特殊だと感じる人は多いかもしれないが、実はシャチも同様だという。年老いて繁殖しなくなってもなお何十年も長く生き続けるシャチは、「多くの遺伝子を共有する他者を助けることが、進化的に優れた戦略」であることをよく知っているのである。

 こうした動物たちの生き方は、人間に驚くほどよく似ている。いや、むしろ人間が社会性を持つ動物の一種に過ぎず、「人間が他の動物によく似ている」と言うべきなのだろう。

 本書の最後の章では霊長類が扱われる。チンパンジーやボノボの生き方を知ると、翻って、人間という種の魅力と醜悪さを同時に顧みることになる。

 アフリカ全土で18のチンパンジーの集団を対象に行われた研究では、どの集団においても、3年に1匹は集団内の暴力で殺されているという。一方で彼らは、怪我をした仲間を助けたり、痛みに苦しむ仲間を慰めたりと、気遣いも忘れない。この残虐性と思いやりが同居する様は、私たち自身を見ているようである。

 とにかく動物たちの生き様を深く知るほど、「私たちはいかなる動物なのか」を逐一考えさせられるのだ。

 本書の原題 “The social lives of animals” は、本書のテーマである「社会性」をストレートに表現したものだ。一方、邦題の「動物のひみつ」が表すのは、人間を含む動物への広く深い洞察である。このタイトルの秀逸さは、本書を読めば一層強く実感されるだろう。

山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、ロボット支援手術認定プロクター、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は累計1300万ページビューを超える。X(旧Twitter)アカウントのフォロワーは10万人超。著書に19万部突破のベストセラー『すばらしい人体』、『すばらしい医学』(以上、ダイヤモンド社)ほか多数。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです。)