「デザインは特別」という壁を
どうすれば乗り越えられるのか
勝沼 僕は、従来の「経営」と「デザイン」の間には壁があると感じています。経営では数字が重視されますが、デザインの機能や価値を数字で説明することは簡単ではありません。その壁をどう越えていけばいいとお考えですか。
田川 両者からの歩み寄りが必要なのだろうと思います。現在の日本の経営人材の多くはロジカルシンカーです。しかし、顧客体験は数字でダイレクトに表すことのできない側面もありますし、文化的な価値を帯びているものもあります。企業のリーダーの皆さんが、豊かに生きるとはどういうことか、幸せとはどういうことかといったテーマに対する関心を深め、その視点を企業活動の中に生かしていくことができれば、企業価値は高まっていくはずです。デザインもその豊かさの一部であると僕は思います。
経営者の方々が「文化的視点」を深めることが経営からデザインへの歩み寄りだとすれば、デザインのプロが「経営的視点」を持つことがもう一方からの歩み寄りといえます。CDOを目指すデザイナーは「デザインは数字にはできない。数字にした瞬間に大事なものがなくなってしまう」といったところで思考停止するわけにはいきません。Cクラスのポジションに就くということは、予算を預かるということであり、それに対する結果を出す責任があるということです。デザインの機能によってどのような投資対効果があったかを言葉と数字で示さなければなりません。
もちろん、全てを数値化することは不可能ですし、短期的な数値成果で示せる取り組みが全てではありません。しかし、マーケティングやテクノロジーといった他の領域のパフォーマンスと比較できるレベルの定量的指標は必要だろうと思います。それに対する拒否感があっては、CDOという役職を務めるのは難しいと思います。
1976年東京都生まれ。東京大学工学部卒業。英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修士課程修了。デザインエンジニア。プロダクト・サービスからブランドまで、テクノロジーとデザインの幅広い分野に精通する。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「e-Palette Concept」のプレゼンテーション設計、日本政府の地域経済分析システム「RESAS」のプロトタイピング、Sansan「Eight」の立ち上げ、メルカリのデザインアドバイザリなどがある。経済産業省・特許庁の「デザイン経営」宣言の作成にコアメンバーとして関わった。経済産業省産業構造審議会知的財産分科会委員。グッドデザイン金賞、iF Design Award、ニューヨーク近代美術館パーマネントコレクション、未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエータ認定など受賞多数。2015年から2018年までロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授を務め、2018年に同校から名誉フェローを授与された。
勝沼 デザイナーが自分の意識を変えることの方が実は難しいかもしれません。腕の立つデザイナーほど、デザインという行為を特別視する傾向があるからです。
田川 例えば会計も社会に数多くある専門性の中の一つです。ただ、会計士は会計を世の中における特別な行為であるとは考えていないと思いますし、依頼する側も同様です。会計に何ができて、何ができないのか、社会的な認識が定着しているのは、プロたちがそれを誠実に示し続けてきた長い取り組みの歴史があるからだと思います。
それに比較すると、デザインはまだ歴史の浅い分野なので、社会にうまく溶け込んで定着するには、まだまだ努力と時間が必要なのだと思います。今後デザインの社会的受容が進み、経営活動の中にデザインが組み込まれていけば、デザインという行為を特別視する必要もなくなるのではないでしょうか。デザイン経営を担うデザイナーは、その動きをけん引してく存在になる必要があると思います。