デザイン思考によって失われた
経営者が求めるデザイナーの「ある素養」

CDOを企業に定着させるヒントは、過去のCクラスの歩みにあり――Takram・田川欣哉氏インタビュー

勝沼 デザイナーが経営的視点を身に付けるには、トレーニングも必要かもしれませんね。

田川 僕が常々有効だと思っているのは、小さくても良いので実際に経営をしてみることです。例えば、週末に花屋を経営して仕入れや在庫管理の仕組みがどうなっているかを学んでみる。あるいは、コーヒースタンドを経営して、資金繰りに悩んでみる。そういった経験によって、経営に必要なことが具体的に分かるし、経営の中でデザインはごく一部でしかないという相対化ができるようになります。同時に経営者に対するリスペクトや共感も育まれると思います。

 デザイン経営を担えるデザイナーとそうではないデザイナーの一番の差は、経営者に対する「共感力」にあるのではないかと思います。何かを経営してみることは、まさにその共感力を高めるトレーニングになるのではないでしょうか。

勝沼 一方で、デザインが持つ「アート性」が企業経営に資する側面も大いにあると僕は感じています。

田川 同感です。デザインには、アートに近い領域から、エンジニアリングに近い領域までの幅があります。2000年代に入って広まった「デザイン思考」は、デザインを限りなくエンジニアリングに近づけた考え方ですが、その分だけデザインにおけるアート性は希薄化された印象があります。

 現在は、デザインにはエンジニアリング的な職人性と、表現が重視されるアート性の両方の要素があるという考え方が一般的になっています。CDOを目指すデザイナーにも、その両方の素質が必要なのだと思います。デザイン活動の成果をある程度数字で示すことができる一方で、企業が目指す理想を熱く、いわばアーティスティックに語ることができる。CEOはそんなデザイン人材を求めているはずです。

勝沼 この連載の目的の一つは、「CDOの条件」を探究していくことです。田川さんは、CDOに求められる具体的な条件にはどのようなものがあると思われますか。

田川 デザインと経営の両方の言語を語ることができる能力はもちろんですが、加えて言うならば、組織設計と組織マネジメントの力量なのかもしれません。

 社内にデザインチームを持たない企業の場合、CDOに着任する人が組織設計そのものを担わなければなりません。企業によってデザイン組織の在り方は異なります。CDOをCEOの直下に入れるべきか、それともCMO(最高マーケティング責任者)やCPO(最高製品責任者)の管轄下に組み込むべきか。それをCDO自身が考えなければならないケースは少なくないと思います。

 また、CDOが率いるデザインチームの在り方や、チームを率いる方法についても考える必要があります。つまり、マネジメントということです。

勝沼 その二つは方法論として標準化できるかもしれませんね。いろいろな企業がそれぞれのデザイン経営の取り組みをシェアして、共に方法論をつくっていくことができれば理想的です。

田川 例えば、各社のCDOが月末の金曜日に集まって、情報を交換する。まずはそんな取り組みから始めてもいいと思います。〈「デザイン経営」宣言〉の発表から6年たって、そういうことができる地盤がようやく固まってきたといえるのではないでしょうか。