ここまで言われては黙っているわけにいかなかったのだろう、齋藤次郎元大蔵事務次官が「『安倍晋三 回顧録』に反論する」(文藝春秋 2023年五月号)という記事で逆ねじを食らわせようとした。財務省の先輩としては古巣がここまで言われることが忍びないのか、「ほとんど陰謀論」だと反論している。しかし、この反論は、筆者の意図を離れて、「ザイム真理教はある」説を意外な形で裏付けることになったと僕は読んだ。齋藤次郎氏は次のように書く。

赤字国債は絶対に出すな、と言われ続けた

「入省して、徹底的に教え込まれたのは、財政規律の重要性でした。財政の黒字化は当たり前のことでなければならない、赤字国債は絶対に出すな……毎日のように先輩から言い聞かされました」

 はて、「財政の黒字化は当たり前のことでなければならない」? どのマクロ経済学の教科書にそんなことが書いているのだろう。齋藤次郎氏が入省したときは固定相場制だっただろうが、いまはちがう。なおかつコストプッシュ・インフレというやっかいなものに見舞われ、需要が喚起されていない状況なのである。実際、ボール・クルーグマン(2008年にノーベル経済学賞受賞)は2016年に来日した折り、安倍晋三首相らに対して、消費税増税は見送るべきで、むしろ景気回復(デフレからの脱却のために)のために財政刺激策が必要だと述べている。

「財政黒字が善」を疑うことなく信じ込んでいるのだとしたら、それは教理だ。従って、ザイム真理教はある、ということになる。ただ、洗脳はまず、政府首脳部やマスコミではなく、まずは財務官僚に対して行われているようだ。

 また、アベノミクスの2本目の矢を放とうとするのが、自民党でなく国民民主党という野党だというのも皮肉な展開である。果たして国民民主党は2本目の矢を放つことができるだろうか?

榎本憲男
和歌山県出身。映画会社勤務の後、福島の帰還困難区域に経済自由圏を建設する近未来小説「エアー2.0」(小学館)でデビュー、大藪春彦賞候補となる。その後、エンタテインメントに現代の時事問題と哲学を加味した異色の小説を発表し続ける。「巡査長 真行寺弘道」シリーズ(中公文庫)や「DASPA吉良大介」シリーズ(小学館文庫)など。最新作の「サイケデリック・マウンテン」(早川書房)は、オール讀物(文藝春秋)が主催する第1回「ミステリー通書店員が選ぶ 大人の推理小説大賞」にノミネートされた。新著「エアー3.0」(小学館)発売中。

AERA dot.より転載