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睡眠中に脳が記憶や情報を整理しているのは、広く知られるようになった。また、それだけではなく睡眠中の脳は問題への対処能力が向上するといえる結果も導き出せたという。脳と睡眠のスゴい関係とは。本稿は、井ノ口馨『アイドリング脳 ひらめきの謎を解き明かす』(幻冬舎新書)を一部抜粋・編集したものです。
睡眠中の脳活動を操作して
脳の機能を向上させられる?
昔から睡眠中の脳が情報処理をしているらしいということは示唆されてきていました。しかし、ニューロンがどのような活動をして情報を処理しているのか、そのメカニズムはほとんど分かっていませんでした。
睡眠中に、脳は本当に「思考」しているのでしょうか。アイドリング脳(編集部注:睡眠中や休息中など、何かに集中していないときの脳の状態や働きや潜在意識下の脳の状態や活動のこと。例えば「寝て起きたら解決法がひらめく」などの現象)研究をはじめるとき、僕たちはいくつかの仮説を立てました。
その1つが、「忘却した(と思っている)記憶の痕跡は、脳に残っていて、後にそれが利用される」という仮説です。これは証明できましたが、ここではもう1つの仮説を紹介します。
「睡眠中に脳内では過去のいろんな記憶の組み合わせを試していて、その組み合わせの中から将来有用そうなものを選別しているのではないか。それが問題解決やひらめきに貢献する新しい知識をつくっているのではないか」という仮説です。
ひいては、「睡眠中の脳活動を操作することで、脳の機能を向上させられる」とも考えました。睡眠中の脳を刺激すれば、賢くなれる、という一見、突拍子もない仮説ですが、もちろんこれまでの研究に基づいた根拠のある仮説です。もともとこの着想の基になったのは、2015年の偽記憶をつくる研究です。
脳に蓄えられている異なる2つの記憶を持つ細胞集団を人為的に活動させ、新たな記憶をつくり出すことに成功した経験から、新たな仮説に至りました。
さて、どのようにすればこれらの仮説を科学的に証明できるでしょうか?
僕たちは議論を重ね、実験をくり返しました。その結果として、2024年6月に『ネイチャー・コミュニケーションズ』で大きな成果を発表することができました。
それは、予想外にも仮説の範囲をこえ、「ひらめき」や「潜在意識」に科学的な手法で迫ることのできた、世界に類を見ないものになりました。睡眠中に脳が記憶を整理し、問題への対処能力が向上するといえる結果が導き出せたので、ここから、詳しく紹介していきます。