
ニューヨーク市内の一大観光名所でもあるメトロポリタン美術館には、年間700万人近くが訪れる。そんな来館者にはさまざまなタイプがいると語るのが、警備員として10年間勤務していたパトリック・ブリングリーだ。同氏が語る、冷静に鑑賞する教養人よりも正しい美術作品の鑑賞の姿勢とは?※本稿は、パトリック・ブリングリー著、山田美明訳『メトロポリタン美術館と警備員の私 世界中の<美>が集まるこの場所で』(晶文社)の一部を抜粋・編集したものです。
メトロポリタン美術館を訪れる
来館者の「典型的なタイプ」とは
メトロポリタン美術館は、毎年700万人近い来館者を迎え入れている。
これは、野球のニューヨーク・ヤンキースやニューヨーク・メッツ、アメリカンフットボールのニューヨーク・ジャイアンツやニューヨーク・ジェッツ、バスケットボールのニューヨーク・ニックスやブルックリン・ネッツを合わせた観客動員数よりも多い。あるいは、自由の女神やエンパイア・ステート・ビルの来訪者数よりも多い。ルーヴル美術館や中国国家博物館には負けるが、美術館・博物館に関するかぎり、それ以外にメトロポリタン美術館を上まわるところはない。
来館者が美術館を体験する様子を見ていると、まったく一様ではない。ただし、典型的なタイプがいくつかある。何であれそうだが、人間観察も続けていれば上達する。その技術をマスターしようと努力しているうちに、私はいわば、毎日会っている何千もの人々のなかから典型的なタイプを拾い上げられるようになった。
まず挙げられるのが、観光客タイプである。たとえば、地元の高校のウィンドブレーカーを羽織り、首からカメラを下げ、何であれ有名な作品を探しまわる父親がいい例だ。こういう人物は、芸術にとりわけ関心があるわけではないが、目の前にあるものが理解できないわけではない。実際、「おいおい、額縁ばかりだな!」などと大声で繰り返しながらも、古の巨匠の技量に感嘆している。また、自分の学齢期の子どもが世界史の授業で勉強したことを説明してくれると、まじめに耳を傾けたりもする。芸術の殿堂とも言うべきこのメトロポリタン美術館にレオナルド・ダ・ヴィンチの作品が1点もないことを知って、驚きと失望をあらわにするが、それでも大いに熱狂した状態で美術館をあとにする。
“恐竜ハンター”や“恋する人”も
タイプ別の美術館の楽しみ方
次いで、恐竜ハンタータイプがいる。こちらはたとえば、角を曲がるたびに首を伸ばして先をのぞき込み、この美術館には芸術作品しかない証拠が積み上がるたびにあわてふためく、小さな子どもを連れた母親である。彼女にとってもその家族にとっても、それは初めてのニューヨーク旅行であり、タイムズスクエアに宿泊する一大イベントなのだ。そんな彼女は心のどこかで、有名な美術館や博物館には、ティラノサウルスや対話式のレーザーディスプレイなど、子どもを楽しませるものが何かしらあると思い込んでいる。