だが、それがないとわかると、彼女はこの美術館を最大限に楽しもうと気持ちを切り替える。すると警備員が彼女を脇へ呼び寄せ、ミイラや輝く鎧の騎士を勧めてくれる。彼女は、子どもたちに愉快な話をしてくれるこの警備員がいたく気に入り、ニューヨーカーは本当にすてきな人たちだと近所に触れまわる気満々で美術館をあとにする。

 そしてさらに、恋する人タイプがいるが、これは3種類に分かれる。第1に、芸術に恋している人がいる。《ニューヨーカー》誌の特集記事に掲載された展覧会を見に、ほかの街からやって来て、静かにじっと絵を見つめている人である。ウサギに囲まれたカメのように展示室をゆっくりと進んでいく間、その表情はほとんど変わらないが、その心は激しく泡立っている。

 第2に、メトロポリタン美術館そのものに恋している人がいる。物心がついたころから、この美術館を世俗の教会のように見なしてきた地元の人たちだ。若いころは来館するたびに数ドルしか払えなかったが、いまでは比較的安価な基本会員の料金も払えるぐらいにはなっている。優れた着想や美しい作品とは何の縁もない仕事をしているが、それらを身近に感じられるこの場所があるからこそ、いまもこの街で暮らしている。そして第3に、文字どおりの恋人たちがいる。恋人たちは展示室をチョウのように飛びまわり、沈黙が続いても気にすることなく、強烈な感情が自然に感じられる場所に降りて止まる。

触る衝動を抑えられず
美術館で広がる攻防

 また、彫像や石棺、年代物の椅子、引き出しのついた何かを見ると触れずにはいられない来館者がいるが、これにもいくつかのタイプがある。大半の人々は、絵画に触れてはいけないことを心得ているが、それ以外の展示物となると、触れてはいけないことを忘れてしまう。メトロポリタン美術館全体に粉末を振りかけて指紋を採取すれば、無数の容疑者が浮かびあがることだろう。そのなかには、どうしても自分を抑えられない人がいる。ひんやりと冷たい大理石に呼びかけられ、知らないうちにそれをなでているのである。また、ある標的に的を絞り、故意に触りに行く人もいる。そういう人は、その足取りに明らかな意図が見て取れるので、私も事前に彼らの目的を察知し、間に割って入ることができる。