この新たなスキームは、AIスタートアップに出資しているベンチャーキャピタル(VC)に対しても大きな影響を与える。従来、VCはスタートアップが一定の成長を遂げた後にIPO(新規株式公開)やM&Aを通じて投資回収(EXIT)を目指すのが一般的であった。しかし、新しいスキームでは、スタートアップがM&AやIPOを行わないまま、大手企業に技術や人材を提供することになり、VCにとってはEXITの機会が制限される可能性がある。
そのため、このスキームが一般化すると、VCは従来のEXIT戦略を再構築する必要に迫られる。たとえば、スタートアップが大手企業に技術や人材を提供した後も、企業自体が存続するケースでは、VCは未回収の投資を保持することになる。このような状況では、VCが望むリターンを得るためには、スタートアップが再度成長し、別のEXIT機会を模索するか、最終的には企業の清算や資産売却を通じて投資を回収する必要が出てくる。
M&A規制の抜け穴に対する
VCが取るべき防衛策
特に、スタートアップが大手企業と提携して技術をライセンス供与する場合、VCはその技術の商業化による収益の一部を得る可能性がある。しかし、この収益がVCの期待に見合うものになるかどうかは不透明であり、リスクが高い。
また、スタートアップが技術や人材を大手企業に提供する一方で、企業自体が存続する場合、その企業価値がどのように変動するかはVCにとって重要な関心事である。たとえば、スタートアップの価値が技術と人材に大きく依存している場合、これらを失った企業が新たな価値を生み出すことは容易ではなく、その企業価値が著しく低下する可能性がある。これは、VCにとっての投資リスクを高める要因となり得る。
VCはこのような状況に対応するために、投資先スタートアップの技術力や経営陣の質をさらに厳格に評価する必要がある。また、技術や人材の移転が企業価値に与える影響を正確に見積もり、そのリスクを軽減するための契約条項を工夫することが求められる。
新たな提携スキームは、形式上はM&Aではないため、通常の企業買収に適用される規制を回避できてしまう。そのため、規制当局の監視の実効性を低下させる可能性がある。EUの競争法(独占禁止法)においても、このスキームでは、企業の法的独立性が維持されているため、従来の競争法の枠組みでは対応が難しい。