なぜネスレを
ベンチマークするのか
新浪さんはいま、ベンチマークしている企業として「ネスレ」を挙げられています。その理由は何でしょうか。
ネスレについてとりわけ注目しているのは、中核事業の盤石さです。ネスレは本拠地であるEU圏において圧倒的な市場シェアを持ち、高いグロスマージン(粗利)を実現しています。ネスレと同様に、グローバル企業であるコカ・コーラもアトランタを拠点に高い粗利を稼ぎ出す飲料事業を展開しています。
私たちサントリーも日本の食品酒類総合企業としては最大手だと自負していますが、まだ収益力が十分とはいえません。真のグローバル企業は、強固な国内収益があってこそ、海外でのリスクテイクができる。日本のお家芸といわれる自動車産業でさえ、産業構造の大変革期の中で国内市場は厳しい状況に置かれています。今後、人口減少が避けて通れない日本において、国内収益の強化は多くの企業にとって大きな経営課題です。その点においては、ネスレは盤石な国内収益を背景に、サステナビリティへの大規模な投資をグローバルレベルで可能にしています。サステナビリティへの取り組みが、さらなる企業価値の向上につながる好循環を生み出している。私たちサントリーも「水と生きる SUNTORY」というコーポレートメッセージの下、日本企業としては有数の規模でサステナビリティ投資に取り組んでいますが、まだまだです。
サントリーは2023年に初めて売上収益が3兆円に達しましたが、今後は2030年までに売上収益4兆円を目指します。私たちが真のグローバル企業となるためには、国内収益を盤石にしつつ、それを元手に積極的な海外展開とリスク管理を行い、事業構造の変革も進めていく。そのうえできっちりと粗利も確保していくことが肝要です。トップラインを伸ばしていくことはもちろん大切ですが、しっかりと利益を確保できる収益構造をつくり上げることのほうが重要だと考えています。
ネスレは加工食品や菓子類の割合を減らし、NHW(栄養、健康、ウェルネス)を重視した食品飲料メーカーへと事業ポートフォリオを大胆に組み換え、より付加価値の高い領域、特に栄養分野での成長を実現しています。サントリーもこうした大胆な事業構造の変革を考えているのでしょうか。
ネスレのような事業展開は参考になりますが、規模があまりにも違うため、そう簡単にはいきません。サントリーの場合は、食品飲料メーカーとしていくつかの事業を持つ現在のビジネスモデルが適していると考えています。事業ポートフォリオにおいて過度に選択と集中をしようという考えは持っていません。ビールやウイスキーなどの酒類事業、清涼飲料事業、そしてサプリメントなどのウエルネス事業をはじめ、それぞれの分野で培った知見や技術を相互に活用することで新たな価値を生み出すことができます。異なる事業が企業理念の下に一緒になっているからこそ、「融合」が生まれるのです。その好例がRTDでしょう。またRTDだけでなく、ウエルネス事業の研究成果を清涼飲料部門に還元するなど、事業間での相乗効果も生まれています。これは分野横断的なイノベーションを可能にする、サントリーならではの強みだといえます。
非上場であることもサントリーの強みの一つです。もし上場していたら、事業を3つに分割しろと株主から言われるかもしれません。ちなみにビーム買収での約2兆円の借金を早期返却するため、サントリーの上場を考えたことも一時期ありましたが、品質を重視したものづくりをはじめ、森林と生物多様性の保全・再生などのサステナビリティ活動など、脈々と受け継いできた「長い時間軸」を考えると、サントリーにとって短期志向につながる上場はやはりふさわしくないと思い直しました。もちろん事業子会社の一つであるサントリー食品インターナショナルは上場していますから、その株主の皆様に対しては、しっかりと還元していかなければなりません。それはグループ経営における全体最適とのバランスの中でしっかりとやっていきます。
またサントリーは、部門間の壁が低く、いわゆるサイロ化が起こりにくいのも特徴です。これは多様な事業構造と同様に、組織においても「融合」しやすいことを意味します。実際に「ONE SUNTORY, One Family」を合言葉に、人財を事業間で行き来させる人事施策にも注力しています。それぞれの事業が企業理念の下で融合し、相互に刺激し合いながら成長していく。こうした融合型こそが、サントリーの価値創造モデルなのかもしれません。