現代的政治システムを
構築する3つの要素

 以下で、フクヤマ氏の論考をフレームワークにしつつ、昨今における中国の政治システムを検証してみたい。

 フクヤマ氏の『政治秩序的起源』(以下『起源』)は、そのサブタイトルにあるように、前人類時代からフランス大革命までに出現した政治制度を歴史的に検証することで、政治秩序(political order)の起源(Origin)を模索する作業が展開されている。『起源』では、古代から勃興した数々の文明の盛衰に光が当てられているが、なかでも中国が主要な考察対象の一つであることは、割かれているページ数や論理展開からも容易に見てとれる。

 中華文明特有の種族組織(tribalism)、戦争と中華国家台頭の関係、秦や漢の時代における皇帝の国家統治システムなどの検証を通じて、秦の時代(紀元前778年~紀元前206年)に中国は世界最初の現代国家を造ることに成功したとフクヤマ氏は説く。

 日本でもよく知られる秦の始皇帝が国家を「統一」し、そのために中央集権システムを構築した秦朝の官僚組織はローマ王朝の行政組織よりも成熟していた一方、中華皇帝の統治システムの特徴として、「強い政府」と「弱い法治」をフクヤマ氏は挙げる。中国の政治システムあるいは統治形態に「法治主義(rule of law)の欠如」を見出す同氏の論考は、我々がこれから中国の政治体制がどのように変わっていくのかを模索する上で示唆に富んでいる。

 フクヤマ氏は『起源』において、「現代的な意味における政治システムは a strong state(強い政府)、accountability(正当性)、a rule of law(法の支配)の3つから構成される」と結論付けた。このポイントは同書の中で再三述べられている。

 所謂西側社会の現代的政治システム(a modern political system)においてはこの3つの要素が全て含まれていると主張するフクヤマ氏だが、昨今の中国の政治システムを考察するに当たり、「今日の中国はa strong stateだけを以て急速に台頭している」現実を最終章の最終部分「What Comes Next」(30: Political development, then and now)で指摘している。その上で、中国政治システムのこれからに対してクリティカルな問題提起をしているので以下紹介してみたい。(『The Origin of Political Order-From Prehuman Times to the French Revolution』(Farrar, Straus and Giroux)P481)

・「強い政府」だけを以て発展するこの状況は長期にわたって持続可能なのか?
・中国は「法の支配」と「政府の正当性」を抜きにして経済的に発展し、政治的に安定していくのだろうか?
・成長によって促される社会の流動化(social mobilization)は権威主義的な国家によって封じ込められるのだろうか、あるいは、それが民主的に責任ある政府に対する、民衆からの止まらない要求を促すのだろうか?
・「国家」と「社会」の関係性という点において、長い間前者に重心が置かれてきた中国社会に民主主義は到来するのであろうか?
・西側社会に普及する知的財産権や個人の自由を抜きにして、中国は科学技術のフロンティアをプッシュバックすることができるのであろうか?
・中国人は引き続き、民主主義や法の支配をベースにした社会には適合しない方法で政治的権力を振る舞い、発展を追求していくのであろうか?

 これらの問題提起自体はフクヤマ氏だけではなく、多くのチャイナ・ウォッチャーが抱き続けてきたものであるし、私も同様の視点で中国社会の変遷を見届けてきた。中国・中国人との関係構築を抜きにしては自国の日常生活や経済成長すら語れなくなっている、日本人を含めた世界市民(コスモポリタン)にとっても、これらの問題提起は共感を呼ぶものに違いない。