2016年、その思いを形にしようと確信したことがあった。それは来日したアメリカのバラク・オバマ大統領の演説を耳にした時だった。

オバマ大統領の訪問と
日米の新時代への希望

 オバマ大統領は2016年5月27日、現職大統領として初めて、原爆が投下された広島市の平和記念公園を訪れた。安倍晋三首相(当時)や多くの被爆者の方々が立ち会う中で、原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆ドームの前で17分のスピーチを行った。ニュースで見た映像をはっきりと覚えている。

「71年前、雲1つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった。閃光と炎の壁は都市を破壊し、人類が自らを破壊するすべを手に入れたことを実証した」

「なぜわれわれはこの地、広島に来るのか。それほど遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力について考えるためだ。10万人を超える日本の男性、女性、子どもたち、多くの朝鮮半島出身者、そして捕虜となっていた十数人の米国人を含む犠牲者を追悼するためだ」

「広島と長崎は核戦争の夜明けとしてではなく、道徳的な目覚めの始まりとして知られるだろう」

(「オバマ大統領スピーチ」共同通信2016年5月28日付より抜粋)

 演説の後、オバマ大統領は高齢の被爆者と長い握手を交わし、抱き合った。決して許すことができない原爆投下についての謝罪はなかったが、1945年の終戦から71年を経過したその時、現役のアメリカ大統領が、一瞬にして10万を超える人々の命を奪った原爆の爆心地を訪れた事実は、消えることはないだろう、と思っていた。

 そのニュースに触れながら、自分がどんなにか幸福な時代に生まれ、生きていることかと感じていた。そして、大きな自負を持っていた。オバマ大統領が訪れた今年、日米には新たな信頼が生まれている。あのAppleに広島で製造したHIROSHIMAという名前の椅子が数千脚運び込まれているのだ。

 声高に語ることはなかったが、山中洋自身の胸には日米の新たな時代を築いているという気概が、その先に続く希望が、確かにあった。