ディオールのデザイナーに就任し
波紋を呼んだジャンフランコ・フェレ

 最後に、「ジャンフランコ・フェレ」。1978年に誕生したブランドです。

 ミラノの3G全てのブランドに言えることですが、設立から比較的短い時間で公に注目されるようになっているのも特徴です。「イタリアのファッションは急激な成長を遂げた」と言われる所以でもあります。

 元々は建築を学んでいたフェレですが(※2)、彼がすごいのは1989年に、ディオールのオートクチュールとレディス・プレタポルテ、そしてアクセサリーのチーフデザイナーに就任したことじゃないでしょうか。

 今の感覚だとあまり珍しくもなさそうですが、当時は、格式の高いフランスのメゾンブランドのチーフに国外のデザイナーが就任するなんて、ほぼあり得ないとされているような時代でした。実際彼がディオールに就任した当時は、かなり反発もあったそうです。

 しかし、実際にデザインを発表するとその評価は一変します。

 1989年秋冬のコレクションにて、「ニュールック」をオマージュしたコレクションを発表すると高評価を獲得。1990年には「デ・ドール賞(金の指貫き賞)」という、名誉ある賞を獲得しました。

サヴォイア王家の
御用達だったPRADA

 イタリアと言えば80年代当時、頭角を現したブランドがもうひとつあります。みなさんご存知、「プラダ」です。

 プラダの歴史は古く、1913年に誕生したイタリアのブランドです。兄マリオ・プラダと弟マルティーノ・プラダの2人によって創業されました。創業初期は「プラダ兄弟」という名前でやっており、上流階級に向けた高価な革製品を中心に取り扱っていました。1919年にはサヴォイア王家という、当時最大の力を持っていた王家の御用達となり、ブランドのステータスと人気を高めていきました。

※2…フェレは学校を出たあともファッションの道には進まず、家具メーカーのデザイン部門を担当していたそう。アパレルの世界に入るきっかけもひょんな理由で、友達の為に作ったアクセサリーがブティックのオーナーの目に止まったのがきっかけでした。その後アクセサリーデザインの仕事を引き受けるようになります。