45歳の誕生日の翌日
凍結卵子の廃棄を決意

 出産のタイムリミットに人生が翻弄されているように思えた時、ハッとした。そこまでして出産ってすべきものなのか?と。別に子どもを産まない人生もありじゃないか。子どもがいないと幸せになれないわけじゃない。そう思えたら、ふっと肩の力が抜けて、気持ちがふわりと軽くなった。

 だったらパートナーは、本当に合う人が現れたらでいいよね。無理に掴もうとするのはやめよう。自然な流れでその選択肢が現れないのなら、それが私にとってベストな人生なのかもしれない――。そんな風に気持ちを切り替えられたのが、44歳の終わりが見えつつある時期のことだった。

 満45歳を迎えた誕生日の翌日、凍結卵子の廃棄同意書にサインした。クリニックでは、自筆でサインされた同意書の確認を以て、廃棄手続きがされる。同意書は郵送か受付に持参するか選べたが、気持ちに区切りをつけたくて、受付に向かった。4回の保管延長の更新をして、保管期限の上限まで凍結保管されていた卵子。保管費用にかかった金額は、約50万円だ。

書影『「-196℃の願い」卵子凍結を選んだ女性たち』(松岡かすみ、朝日新聞出版)『「-196℃の願い」卵子凍結を選んだ女性たち』(松岡かすみ、朝日新聞出版)

 同意書を提出した時、受付にいたのは、卵子凍結のために通院していた際にも、何度か対応してくれた女性だった。優しい笑顔で、細かい問い合わせにも快く対応してくれた記憶がある。「承りました」と彼女が深く頷いて同意書を受け取り、目が合った瞬間、反射的にこみ上げるものがあり、涙をこらえるのに必死だった。患者がひっきりなしに訪れる人気のクリニックで、相手は自分のことを覚えてはいないだろう。でも、5年ぶりに訪れたクリニックは何も変わっておらず、必死で卵子凍結に向かった日々が、急に立ち上がって見えた気がした。

 クリニックを出て、歩きながら自然と、涙がこぼれた。

「お疲れさま、頑張ったね、私」「これで良かったんだよ。やれることはやったんだよ」

 心の中で、自分に向かって、そう声をかけた。