成長企業で発生する理不尽は
自分を磨く砥石となる
人が成長するためによい環境となるのが成長企業です。ビジネスも組織も物凄いスピードで伸びているためあちこちで人が足りなくなり、自分の実力以上の仕事やポジションが任され、能力がストレッチされるからです。
こう言うと格好よく聞こえるかもしれませんが、中で働いている人たちは理不尽な事態がたくさん起こるので本当に大変です。尋常ではない成長を目指したり、リソースが十分ではないところで0から1を生み出したりしようとすれば、いろいろな無理が必然的に生じるわけです。
私は1980年代から90年代のリクルートの採用部門で急成長する会社を経験しました。その時々で求められる成果を最大限出していかないと評価されないので、必死に食らいついていかないといけない厳しい環境でした。
目標数値がどんどん切りあげられて一定水準以上になると、「これ、どうやったら実現できるの?」と心底理不尽さを感じました。しかし「現在の延長線上では到達できない目標を立てるべき」と言われるように、それがより高い次元での創意工夫やイノベーションにもつながっていくわけです。
理不尽さにはそうした無理難題の他に、「はしごを外される」理不尽さもあります。朝礼で言われたことが夕礼で撤回される「リアル朝令暮改」の世界で、設定された目標がコロコロ変わるのですから理不尽この上ありません。
時にはそれまでの努力が一瞬にして水泡と化す事態に遭遇することもありました。リクルートがスーパーコンピューターを購入しタイムシェアリング(1台のコンピュータを、同時に多数のユーザーがアクセスして利用する形態のシステムで、コンピューターが普及した当初用いられた)のビジネスを始めたとき、採用部門には「エンジニアを採れ」という指令が下されました。
東京と大阪にエンジニアの採用部隊が作られ、みんなで八方手を尽くして人材エージェントを開拓し、たくさん面接を行っていったのですが、突然タイムシェアリングビジネスはやめることになりました。
事業環境が変わり採算が合わなくなったためですが、「今までの努力は何だったのか……」と力が抜け、「はしごが外される」という感覚を身をもって感じました。成長企業ではこうした理不尽さを乗り越えていくことも必要です。