有名出版社での安定した待遇を捨ててフリーになって痛感
筆者自身、この問いかけの重要性を身をもって体験してきた。
有名出版社の一つであるプレジデントという雑誌の編集長を務め、安定した地位と未来が約束された組織から、何の保証もない世界へ勝手に飛び出して、いよいよ満4年を迎える。
ブランドイメージもよく、信用があって、おそらくは定年まで私の雇用が約束されていたであろう組織を辞めることに、ためらいがなかったわけではない。
飛び出す際には、来年はどうなるのか、5年後はどうなっているのか、考え始めれば不安は尽きなかった。そんなことを考えている自分はくだらないものだと心底思い込むようにして、半ば強引に自分の背中を押して飛び出した。
今、なんとか生きているわけだが、あの時の決断は正しかったと思う。嫌な上司も、うざい同僚も、言うことを一切聞かない部下もいない。人間関係のストレスから解放された環境は最高である。
大組織の安定という名の「平凡」に満足しかけていた自分に、孫氏の問いが突き刺さった。あのまま組織に留まっていれば、確かに生活は安泰だったかもしれない。自分の内なる声にふたをし、吟味なき人生を送っていた可能性は高い。
安定を捨てるという決断は、まさに「平凡な人生に満足していないか?」という問いに対する、筆者なりの必死の答えだったのである。この選択が正解だったかどうかは、未来の自分が判断することである。少なくとも今、後悔は微塵もない。
「思考週間」を設けるとパフォーマンスに好影響
孫氏の「自問」は、経験からの学習を加速させるための有効な技術として、現代の経営学や心理学の研究によっても裏付けられている。
フレデリック・アンシール氏とマデリーン・オング氏による2020年の論文「リフレクション:経験からの学習を構造化し加速させるための行動戦略」を見てみよう。
論文は、リフレクション、すなわち「振り返り」が、個人のパフォーマンスや学習能力をいかにして向上させるかを科学的に論じ、次のように述べている。
《「近年、成功したリーダーたちの学習習慣が、ビジネス誌やソーシャルメディアの注目を集めている。ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグのような著名なCEOは、日常の業務から離れ、自らがどこから来てどこへ向かっているのかを内省するための『思考週間』を定期的に設けている》
《これらの習慣は経験的な証拠によって裏付けられており、経営学における振り返りに関する新たな研究は、組織における学習とパフォーマンス向上に対する振り返りの有益な効果を示している》