
東京への夢を膨らませた背景にある
3つの可能性
東京に憧れたのは事実。そして、父が大志を抱くように教育していたのも事実。だが、この時点での、のぶはあくまでおいしいパンを食べたくて、東京を夢見ているのだ。なぜ、そこを無視して、さも東京がのぶの強い夢であったかのようにみんなが思い込んでいるように描くのか。
1回でなく、繰り返し描いている(これで三度目)。それが問題だと書くのも芸がないので、理由を考えてみよう。
A:人間の記憶とは曖昧なもので、断片的なことしか覚えていないことがある。そういう批評的な描写。
B:他者の勝手な思い込みによって、のぶまでいつの間にかそうだったような錯覚を起こしてしまうことの風刺。
C:戦争がなかったら、ほんとうにのぶは東京への憧れを募らせて実現させていたかもしれない。その可能性の強調。
これらのような意図のもと脚本を設計していれば問題はない。なんの気なしに、都合よく第2話の「パン屋さんでほっぺが落っこちそうなパンを買うておなかいっぱいたべるがやき」を切り取っているとしたら、ほんとうにそれでいいのか考えてほしいと感じる。
熱心な視聴者なら、そもそも、のぶに東京へ来てほしいと強く感じていたのは、嵩だということを記憶していることだろう。嵩が東京――文化が花盛りな銀座に魅入られて、のぶにも来てほしいと強く希望していたのだ。
『あんぱん』におけるのぶと東京についてはもっと探求したいところだが、ここではやめておく。
さて。朝田家では、「この絵見よったらなんだか胸がキューンとならんかえ」と、くら(浅田美代子)が『月刊くじら』8月号の表紙を見て微笑んでいた。お嫁にいって遠く離れたのぶだけれど、こうして彼女の活躍を見ることができてうれしい祖父母。
「わしの大事な孫をわしに無断でモデルにしちゅう」と釜次(吉田鋼太郎)は「ミス高知」を見て冗談を言う。このミス高知が見れば見るほど琴子に似ているとは思ってもみない釜次であった(当たり前)。のぶにしか見えず幸福に浸る釜次だが、咳が治らない。ますます悪化しているようだ。
夜、のぶの家に蘭子が、実家に戻ってほしいと呼びに来る。不吉な予感……。
