釜次とくらのためだけに
この回はあると言ってもいいと思わせる名シーン
孫たちの「よさこい節」が聞きたくなった釜次に、メイコが先導して歌いだす。
「よさこい節」は出征する豪(細田佳央太)を見送るときに歌われたものだ。「夜に来い」と誘う歌だけれど、『あんぱん』では送る歌だ。
孫たちの歌を聞きながら「ありがとにゃ」と釜次はくらに言う。
くらは答える代わりに「よさこい よさこい」と歌う。
ここだけ本来の「よさこい節」の男女の色っぽい意味合いを感じさせるような気がした。この回は、くらの「よさこい よさこい」に滲む長らく連れ添った夫婦の愛情がすべてであろう。このシーンのためだけにこの回はあると言ってもいいのではないか。
釜次は静かに目を瞑る。
霧がたちこめるなか、「よさこい よさこい」と歌いながら踊りながら、ひとりどこかに向かっていく釜次。「よさこいよさこい」とどこかからお迎えが来たのだろう。
釜次はその名を『アンパンマン』のかまめしどんにかけているのだろうと思う。かまめしどんはしゃもじを持って陽気に踊っているイメージがある。釜次の最後はちょっとかまめしどんのように踊って締めたのだろう。
今際に釜次がのぶに語った言葉は、次郎(中島歩)の「絶望に追いつかれない速さで走れ」にも似ているし、帽子の主・結太郎が第4話ですでにのぶに語っていたことでもある。
駅に父を見送りに行ってのぶが「うちの夢って何やろう」と悩むと、父は「そりゃあゆっくり見つけたらえい。見つかったら思いっきり走ればえい。のぶは足が速いき。いつでも間に合う」とやさしく励ました。
ちんまい頃から、東京に行くのが夢と言っていたと蘭子やメイコは言うが、第2話で、銀座でおいしいパンを食べたいと夢見たあと、のぶは「うちの夢って何やろう」とわかっていなくて、ゆっくり探せばいいと言われているのだ。
あれから長い月日がたち、のぶの視野にいよいよ東京が入ってきたいま、釜次がそこに向かって一目散に走ればいいと背中を押す役目を果たしたのだろう。結太郎、次郎、釜次。ほかに寛や嵩も、みんながのぶを励ましてきた。最近では蘭子もメイコものぶの東京行きに熱心だ。
つまり、足の速さだけが取り柄の、いつも感情が先走って、状況に流されてばかりののぶをみんなが愛し心配している。素直で真面目なあまり、戦争時、軍国主義に染められてしまったのぶ。戦争で間違ってしまったために彼女らしさを出せなくなってしまったのぶ。再び、家を長女として守らないといけないと責任を感じはじめたのぶ。
そんな彼女にかすかに芽生えた東京への夢を皆が全力で応援しようとしているのだろうと思える。
なかなか踏ん切りをつけられないこの家の女性たちを解放すること、それが釜次の最後の大仕事だった。
