他方、日本で小泉首相がおしすすめた一連の経済政策は、まさしくハードヘッド・ハードハートだった。意識してかしないでか、小泉や竹中は、自民党の経済政策を伝統的なアメリカ共和党のそれに類するものにしようとした。小泉が「ぶっこわそう」とした旧い自民党の経済政策は、ソフトヘッド・ハードハートそのものだった。このほか民主党の初代首相鳩山の経済政策、そして2009年衆院選の民主党マニフェストはソフトヘッド・ソフトハート、消費税増税にみずからの政治生命を賭した野田はハードヘッド・ハードハートと、鳩山と野田は対極に位置する。

マーフィーの法則とブラインダーの法則

 ハードヘッド・ソフトハートな経済政策を立案・施行することがブラインダーの意図するところである。しかし同時に、次のような「マーフィーの法則」(経験から生まれる滑稽な知恵や法則)にしたがい、そうした政策のことごとくが、利益誘導型政治により踏みにじられてしまう、ともいっている。

 マーフィーの法則とは「エコノミストの知識がもっともよく行き届いており、彼らのあいだでもっとも意見の一致がみられるとき、エコノミストの影響力は最小になる。エコノミストの知識がもっとも不足しており、意見のバラツキが大きいとき、エコノミストの影響力は最大となる」ことである。この法則の「系」(派生的に導かれる命題)として、「複数個の競合するエコノミストの提言が与えられたとき、採択されるのは最悪のものである」という「ブラインダーの法則」が導かれる。

 もう少し解説をくわえておこう。

「エコノミストの意見の一致がみられるとき」には、エコノミストの意見はいわずもがなの自明の理となる。他方、「意見のバラツキが大きいとき」には、エコノミストの論争に、政治家、官僚、経営者は熱心に耳を傾ける。とはいえ、採択の決め手となるのは、政策提言の首尾一貫性、論理的整合性、実証的裏づけなどではなく、政治家や経営者にとっての利害得失なのである。

 わが国では、「法科万能」という言葉に象徴されるように、法学部の論理――まず先に結論を決めておいて、その結論を正当化する論理をあとから組みたてる――が政策決定の場において支配的である。それゆえ、わが国では「マーフィーの法則」が、そして「ブラインダーの法則」が、もののみごとに当てはまる。各府省がみずからにとって有利な政策を正当化するために、乱立するエコノミストの言説のうちから、よりどりみどり、都合のいい言説を用だてる。採択される言説が「最悪」なのかどうかは定かでないが、最善でないことだけは確かだ。