2025年10月28日の署名式典で文書を掲げるラトニック米商務長官(左)とソフトバンクグループの孫正義会長兼社長 Photo:JIJI
米国で激化するAI(人工知能)への巨額投資競争。その最前線で、日本勢として唯一、世界のIT巨人たちと真っ向から渡り合う人物がいる。ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長だ。2025年末の米オープンAIへの大型投資完了を機に、全米規模のAIインフラ「スターゲート計画」がいよいよ動きだす。孫氏は、オープンAIを中核に、SBGのポートフォリオを一気に入れ替えた。その投資総額は実に10兆円規模にのぼる。特集『AI産業戦争 米中覇権に呑まれる日本』の#3では、孫氏の「世紀の賭け」の全貌に迫る。(ダイヤモンド編集部 村井令二)
「対米5500億ドル投資」に孫氏の影
自ら日本企業に呼び掛けた狙いとは?
日米関税交渉で合意した総額5500億ドル(約87兆円。以下、為替は1ドル=158円で換算)の対米投資を巡り、ソフトバンクグループ(SBG)を率いる孫正義氏が、水面下で米国政府と日本企業を結ぶ調整役を担っていたことがダイヤモンド編集部の取材で分かった。
日米両政府は2025年10月末、トランプ米大統領の来日に合わせ、「日米間の投資に関する共同ファクトシート」を取りまとめた。この文書では、「エネルギー」と「AIインフラの強化」などを重点分野に位置付け、SBG、東芝、日立製作所、三菱電機、フジクラ、TDK、村田製作所、パナソニックの日本企業8社が関連プロジェクトへの関心を表明している。
ファクトシートの発出に合わせ、ラトニック米商務長官は東京都内のホテルで署名式典を開催した。この場には、孫氏をはじめ、日立製作所の徳永俊昭社長、三菱電機の漆間啓社長、パナソニック ホールディングスの楠見雄規社長、東芝の島田太郎社長らが出席した。
今回の対米投資の枠組みは日米関税交渉を契機に構築されたものだが、複数の関係者によると、日本企業に対してプロジェクトへの参加を呼び掛けた中心人物は孫氏だったという。
実際に孫氏から呼び掛けを受けた日本企業のある幹部は「元々は孫さんのスターゲート計画の一環として、米国で建設するデータセンター向けに必要な機器を供給してほしいという依頼で、単なる機器販売だけではなく米国での現地生産まで含めて考えてほしいという話だった」と明かす。
孫氏は25年1月にトランプ米大統領の面前で、全米にAIインフラを構築する「スターゲート計画」を発表した。それ以降、データセンターの立地の確保やプロジェクトの取りまとめに奔走する中で、日本企業との連携を具体化させていったようだ。
トランプ氏と親密な孫氏は、トランプ氏側近のラトニック長官の意向を踏まえ、対米投資の枠組みとスターゲート計画に参加を呼び掛けた日本企業を結び付けたとみられている。ここで浮き彫りになったのが、経済安全保障の観点からも重要視される対米投資スキームを交渉のテコとして用い、米国政府と日本企業の双方と調整を進める孫氏の交渉力と身のこなしの鮮やかさである。
振り返れば孫氏は、時代の変化をいち早く捉え、その都度、最先端のフィールドで存在感を現してきた。新型コロナウイルスの感染拡大を経て米中対立が一気に激化すると、それまでポートフォリオの中核だった中国アリババ集団の株式を全て売却し、脱中国の動きを鮮明にした。
その一方で、孫氏は傘下の英半導体設計企業アームと米半導体大手エヌビディアを統合する構想にも着手していた。計画は実現には至らなかったものの、22年秋に対話型AI「ChatGPT」が公開され、生成AIブームが一気に到来すると、エヌビディアが大躍進を遂げた。結果として、孫氏が早期に半導体とAIの重要性を見据えていた洞察力が裏付けられた。
米ビッグテックがAI分野への巨額投資を競い合う中で、孫氏の戦略は明確だ。これまでアリババ創業者のジャック・マー氏や米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏といった、時代を象徴する「勝者」と連携してきた孫氏が、次の巨額投資で「全賭け」する相手に選んだのが、オープンAIのサム・アルトマン共同創業者兼最高経営責任者(CEO)である。
SBGは25年12月末までに、オープンAIへの投資総額を5兆円超に積み上げ、前例にないほどの規模とスピードでポートフォリオを転換させている。
果たして孫氏はオープンAIと「運命共同体」となることで、AIへの巨額投資競争を勝ち抜けるのか。次ページでは、総額10兆円に及ぶポートフォリオの大転換の全貌を明らかにする。それを通じて孫氏が見据えるAI市場の巨大なチャンスと、その裏にあるリスクを検証する。







