起業の苦難や楽しさを「仲間づくり」の視点から赤裸々に描いた『ともに戦える「仲間」のつくり方』の著者、南壮一郎氏が、「何をやるか」ではなく「誰とやるか」の重要性を、トップランナーとの対談と通して暴く特別企画。今回は、2014年9月に日本初の全寮制インターナショナルスクールを開校すべく奮闘中である小林りん氏との対談の前編をお届けします。小林氏が前例のない「学校づくり」に挑戦する理由とは?そして、なぜ仲間集めに成功したのか?(構成:朝倉真弓)

なぜ「学校づくり」に挑むのか?
――17歳での強烈な原体験と、ユニセフ時代の挫折

 小林さんとはモルガン・スタンレー証券時代に机を並べていたことがあり、僕は1年後輩なのですが「りんちゃん」と親しく呼ばせていただいています。それ以来15年間のりんちゃんを見ていると、常に周りにいい仲間がいて、人に恵まれていらっしゃるということを感じます。

 今注力されている学校のプロジェクトに関しても、仲間の巻き込み力が半端ではない。巻き込んだ人数もすごければ、そのラインナップも幅広いですよね。たくさんのことを経験されたうえでの学校プロジェクトだと思いますが、まずはその道のりを教えていただけますか?

小林りん(こばやし・りん)
カナダの全寮制インターナショナルスクールを卒業後、東京大学経済学部へ。1998年卒業後、モルガン・スタンレー証券、ITベンチャー、国際協力銀行を経て、スタンフォード大学院へ留学(2005年教育学部修士課程修了)。2006年国連児童基金(unicef)職員としてフィリピンへ赴任。ストリートチルドレンのための教育プログラムを担当。その経験から次世代のリーダー教育の重要性を強く感じ、2008年8月に帰国。現在は、2014年9月に「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)」を開校すべく、設立準備財団の代表理事として活動中。ダボス会議の40歳以下のメンバーである世界経済フォーラム「2012年度ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出。

小林 学校を始めるきっかけとなった原体験は2つあります。ひとつめは、高校生のとき。小中高と日本の学校に通っていたのですが、高1のときに中退し、UWC(注)のカナダ校に留学したんです。

 その同級生に、自分と同じように全額奨学金をもらって来ていたメキシコ人がいたんですが、英語が全然わからなかった私たちは、すぐに仲よくなりました。

 ところが、夏休みにその友達の実家を訪ねた私は、衝撃を受けました。自らを「この国では中流家庭」と言う彼女の住まいはバラック同然で、兄弟は誰も高校に行けていなかったのです。家があって当たり前、学校に行けて当たり前という日本の環境が、世界ではどれだけ当たり前のことではないのか、痛切に感じたんです。だって、貧困に関するドキュメンタリーは見たことがあっても、自分の友だちがバラックに住んでいて、兄弟は誰一人学校に行ってないなんて想像もしないじゃないですか。自分は恵まれていると思うと同時に、何か大きな使命を授かったような気持ちになったのが17歳のときでした。

 17歳でその経験は強烈ですね。もう一つのきっかけは?

小林 その後社会人になり、ユニセフ時代に感じたことが2つめのきっかけです。高校時代の体験から「貧困層教育」に興味を持ったのですが、フィリピンに駐在してみてわかったのが、富裕層との格差が埋まらない現実でした。

 初等教育は無償なのに、貧しい子どもたちは生活の糧を得るために働かなくてはならず、学校に行けない。一方で社会には汚職が渦巻き、ますます格差は広がっていく。そんななかで、貧困層教育だけでは、根本的な解決には足りないのではないか。教育を受けられたひとりひとりの人生は変わるかもしれないけれど、根本的な解決にはならないんじゃないかと思ったんです。それで、貧困層教育もすごく大切だけれど、社会にインパクトを与えられるようなリーダーの育成も一緒にやっていくべきなのではないかと考え始めました。

 ISAK(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢)は2014年9月開校ということですが、生徒の国籍はさまざまなんですよね。

小林 25%が日本、50%が日本以外のアジア、25%がアジア圏外の人たちと想定しています。1学年50名からなる全寮制の高等学校です。

(注)UWC……「ユナイテッド・ワールド・カレッジ」の略称。世界各国から選抜された高校生を受け入れ、教育を通じて国際感覚の豊かな人材を養成することを目的とした民間教育機関。UWCは世界140ヵ国以上に国内委員会を有しており、各国で生徒の募集と選抜が行われている。ISAKは現在、UWCとの連携交渉を進めている。