企業も個人も変革の必要性を感じながら
経済・社会の相対的安定性につい安穏

出井 日本の職場には、まだどこか封建制が残っていているのかもしれません。江戸時代は○△藩に籍を置いて忠義を尽くしていたが、今は帰属先がトヨタや東芝といった企業に置き換わっただけで、ロイヤリティーを重んじるカルチャーは共通している気がします。もちろん、国や企業に忠実なのは日本人のいいところでもありますが。

 一方で、日本では今のところ、良い人材の多くを大企業がかっさらっていくので、ベンチャー企業は雇いたい人材がなかなか見つからないという問題を抱えていますよね。

柴崎 日本企業の採用が、新卒にかなり偏重していることがその一因ではないでしょうか。そして、我々も人材会社として自己反省を含めて実情を述べますと、採用側は転職希望者の履歴書を見て、新卒で入社したのがどんな会社だったのかでその人物を判断しがちです。

「どうして彼はロクに名前も聞いたことがないような会社にいきなり入ったのだろうか?やはり、大手はすべて不採用だったのかな?」と色眼鏡で見てしまうわけです。無名のベンチャーだとそれだけで選考から外してしまうような傾向もあって、その点が海外と日本の一番の違いだと言えるかもしれません。最初に入る会社は人生を大きく左右するから、人気のあるところに学生が殺到するし、親たちもそういったところへの就職を願うわけです。

出井 私の場合はずっと人とは逆の道を選んできたので(笑)、何はなくとも新卒で有名企業へ!という感覚はまったく理解できません。わざわざ新卒で、東京通信工業からソニーに社名を変更したばかりのベンチャー企業に入ったわけですから。

 そういえば、ソニーの求人広告に「出るクイを求む!英語でタンカの切れる日本人を求む!」というコピーがありましたが、会社にはそういう感覚が大事ですよね。そして、少なくとも個人は、自分の就職先選びに関して私のような“逆張り”の発想を持ってみてもいいのではないかと思います。

柴崎 就活学生たちの企業に対する価値観は当時も今とあまり変わらず、一部の大企業に人気が集中してしまうような状況だったのでしょうか?

出井 当時も、日本長期信用銀行や山一證券といった大手金融機関を中心に、人気が偏りがちでしたね。奇しくも、この2社は破綻してしまいましたが。当時よりは現在のほうが、まだ就職先の選択肢は拡がってきているのではないでしょうか。

 それに、韓国と比べれば、日本人の就職事情はまだ恵まれていると言えるでしょう。輸出比率が50%を超える韓国に対し、日本は14%程度にすぎないのだから。実際、韓国では大学を卒業したって、就職先がなかなか見つからないのだから大変ですよ。

柴崎 おっしゃるとおり、韓国の就職事情は非常に厳しいですね。サムスンなどは新卒をたくさん採用する一方で、かなりの比率で辞めていくのも事実です。日本では求職者の内定比率が最終的に90%程度まで達するのに対し、韓国は50%前後にとどまっています。しかも、内定者のかなりの割合を派遣会社への登録者が占めており、正社員採用は非常に限られているのがシビアな現実なのです。

出井 その点、いまだに日本人は外国のことを「海外(海の向こう)」と表現しているように島国根性が抜けきらないものの、安定した社会が形成されていることは確かです。消去法で世界を見渡していけば、日本はかなりいい国だという結論に至る人は多いはずです。産業革命はすでに中国などに移っていて、日本企業は得意としてきた製造業で稼ぐモデルからの変革を迫られていますが、経済・社会が大きく成長しないまでもかなり安定しているだけに、なかなか変革が進まないのが実情と言えるのではないでしょうか。