たった1年で再生できたのは、「社員がよく働いたからです」

田中 森さんは、たった1年でカッシーナ社の黒字化を果たし、銀行からの借入金も半減しました。たった1年で、これだけの結果を出した秘訣は何ですか?

 社員がよく働いたからです。私が全部やったわけではありませんから。会計やファイナンスに限らず戦略は大事ですよ。でも、いちばん大事なのは、会社が元気になるためのチームビルディングですよ。やはり会社をグッとひとつにすれば、いろんな力が出てきますからね。それをいかに引き出すかが大切です。

田中 チームビルディングというと、要するに人ですよね。

 仕事というのは人がやっているんです。コンピュータがやっているんじゃないですから。

田中 テクニックとか戦術とか、それは二の次ですよね。

 まあ、それもありますけどね。「これをやる」と決めたら、あとは、ちゃんとやりますかという話ですよ。決めても何もやらない会社の方が多いんですから。コンサルタントを入れて素晴らしい再建計画を作っても実行できなかったら何の意味もないでしょう。

田中 完璧な計画をやらないより、できそこないの計画でもやったほうがいいですからね。

森 100%やったほうがいいですよ。やると決めたことを。でも、社員にチームビルディングを腹落ちさせるのは大変ですよね。被害者意識の社員もいれば、いろんな価値観を持った人がいますから、会社をひとつにすることって大変ですよね。

田中 行き着くところはヒューマンスキルですね。相手を落とすテクニックとか話術とか、そういう話じゃないじゃないですか。

 社長室にいて指示しているだけではダメでしょうね。自分が現場に出て行って、現場でやっている人のことも理解してあげて、それで初めて信頼関係ができていくんじゃないでしょうか?

田中 森さんのチームビルディングの極意を教えてください。

 よく言われているように、どんな組織だって、「やる気のある人」「どっちでもない人」「やる気のない人」が2:6:2の比率で分かれるんですよ。

田中 上位の2割の人たちに働きかけることによって組織全体にレバレッジをかけるわけですよね?

 そうですよ。上位の2割がシャキッとなれば、真ん中の6割というのは上位の2割に引っ張られるんですよ。ダメな会社は下の2割が強くて真ん中の6割が下に引っ張られるから組織全体のモチベーションが下がるわけです。だから影響力のある2割を見つけないとダメですね。それを最初にやりますよ。

田中 役職は関係ないですよね?

 役職やポジションは関係ないですね。役職、ポジションは見栄えがよくて過去に引き上げられた人がいるんですから。

インタビューを終えて:
華やかに見える成果の裏に基本に忠実な姿勢あり

 経営不振に陥っていた企業を再建させたという成果だけを切り取れば、それはとても華やかに見えます。森氏の経営者としての豊富な実績とカリスマ性に富んだキャラクターも相まって、カッシーナ社再建の舞台裏では、どのような画期的な取り組みがあったのだろう?と強い興味が湧くのではないでしょうか。

 今回のインタビューを通じて、とても印象的だったのは、カッシーナ社の劇的な再建が森氏の基本に忠実な姿勢によってもたらされたということです。当たり前のことを当たり前のように実行することこそ企業経営の要諦であると改めて感じました。経営再建が必要となるような企業に共通しているのは、経営実態が適時適切に把握されていない、つまり、経営が「見える化」されていないという症状です。月次決算に2週間も1ヵ月もかかるというケースはけっして珍しくありません。森氏が社長に就任してからは月次決算を翌日に締めるようにしていますが、上場企業の中でもここまで徹底しているケースは少ないでしょう。現状をタイムリー、かつ、正しく把握して、はじめて筋の良い経営意思決定が可能になります。

 そして、森氏がカッシーナ社の再建を果たした要因をもうひとつ挙げるとすれば、経営トップとしての「決断」です。管理会計からはじき出される数字はファクトを示し、経営の打ち手を導いてくれますが、どんなに優れた戦略も経営トップの覚悟と決断がなければ実行に移されることはありません。ややもすれば、経営者の決断というと、論理的な思考とは対局にあるように捉えられがちです。ところが、「社長に就任して以来、元旦以外は仕事を休んだことがない」と語る森氏は、地方店舗を含む現場を自ら徹底的に見て回ることを通じて勝算をしっかり持っていたのではないでしょうか。

 森氏は、黒字化しただけの同社の現状について、「経営再建を果たしたとは思っていない」とおっしゃっていました。近年のカッシーナ社は、無駄な資産を売却し、過大となった有利子負債を返済していく、という守りのファイナンス戦略がとられていましたが、今期からは売上拡大を見込み設備投資も必要になってきます。これからの同社の攻めのファイナンス戦略についても注目していきたいと思います。


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