トップを走る戦略(2)
計測機器は自前で設計する
「内部に計算のエキスパートを抱え込む」のと同様なことは、機器についても言える。自分で使う機器については、自ら最先端機器を設計するくらいの力が必要だ。
最先端を走るためには、「一番性能のよい、最新の計測機器を買えばいい」──それは一見、正しい理屈に見える。しかし、それでは最先端の研究で成果をあげていくには、遅すぎるのだ。
まず第一に、残念ながら最近の日本のメーカーは計測機器の開発でも劣勢になってきたため、最先端の研究者はアメリカやヨーロッパの会社が開発した海外製の計測機器を輸入して使うことになる。それでも、「すぐに最新鋭のそのマシンを購入すれば最先端を突っ走れるのではないか」と思うかも知れないが、そうはいかない。というのは、最先端機器であればあるほど、その機器を開発するためには、その分野の専門家と二人三脚で開発するのが通常だからだ。
数年間という開発期間中、海外のライバル研究者はずっと最新鋭の機械を自分の研究にも使い続け、メーカーに使い勝手などをフィードバックしていることになる。このため「最新製品」としての発表された時点で、海外のライバル研究者はすでに3年ほど先を進んでいるのだ。
だから、最先端の研究であればあるほど、自分が使用する機器についても開発段階からメーカーと協調し、すべて自前で設計も含めてやらなければならないのである。海外から最先端の機器を買うということは、言い方は悪いが「出がらし」を買わされているに等しい。
トップを行くには、第二に研究スタイルにも工夫が必要となる。磁石の世界でトップをいく物質・材料研究機構(NIMS)の宝野和博フェローの研究成果を支える武器は、自作のアトムプローブ(元素組成の解析)を使いながらの「マルチスケール解析」という特徴的な研究スタイルにある。
「マイクロメートル、ナノメートル、さらには原子1個に至るまで、異なるマルチなスケールで『磁石』を徹底的に解析できるのは、世界でもわれわれ宝野グループだけです。つまり、1.磁石全体を走査型電子顕微鏡=SEMで確認することで『機能の核』となる部分を探り出し(マイクロスケール)、2.さらにその部分を高分解能の透過型電子顕微鏡を使って観察し(ナノスケール)、3.問題となる部分の元素組成をレーザー3次元アトムプローブで完璧に解析するわけです(原子1個のスケール)。だから、そこで何が起きているのかをわれわれは正しく理解できますし、それによって機能設計も可能となるのです」という。
自慢の3次元アトムプローブを駆使し、世界の最先端を行くことができる。世界の誰もその領域には達していない(機器そのものを自分で設計しているのだから)。このため、「3年は他の研究者より絶対に進んでいる」と自信をもって語っていた。
前節で述べた計算の世界も同じだ。アメリカやヨーロッパの会社が開発した計算の専用ソフトウェアを買ってきたときには、すでにそれを共同開発した研究者が使い倒した後であり、そのソフトウェアが発売された時点で、同分野のアメリカやヨーロッパの研究者は、3年も4年も先を進んでいる。
では、自前でつくることのできないほどの高価な道具、広大なスペースを要する機器を必要とする場合、どうすればよいのか。それは国がつくり、最高の道具立てを研究者に与えることだ。幸いにも、いまの日本には世界最高水準のスーパーコンピュータ「京」(けい)をはじめとして、最高の道具立てが揃っている。それを次に紹介しよう。